90年代、カリスマ店員や全国から訪れるギャルで賑わっていた若者ファッションの聖地「SHIBUYA109」。
今でも若者の聖地であることには変わりありませんが、彼らが訪れる目的はギャルファッションに限らず、アイドルやアニメなどのグッズを買い求める “ヲタ活” のためでもあるそうです。
2019年にSHIBUYA109に来館した15歳〜24歳女性に行われたアンケート調査ではなんと、回答者の72.6%が自分を何かしらの「オタク」であると自覚しているという結果になりました。
実際、好きなアイドルやアニメキャラクターの缶バッジを集め、バッグの一面を缶バッジで覆う “痛バッグ” をつくったりする行為も、ファンとしての愛の大きさを表現するものとして若者の間で楽しまれています。
これまでにもサマンサタバサやジルスチュアートといった若い女性に人気のブランドが漫画やアニメとコラボし、さらにそういったブランドからオリジナルの痛バッグも発売されたそうです。
推しの缶バッジを身につけ持ち運ぶ、若者ファッション
「電車男」などの作品を通じて広く社会に認知されていったオタクですが、当時のようなオタクの定義は今の若者の間では完全に過去のものとなっています。
Z世代と呼ばれる、90年代の半ば以降〜2010年代初頭に生まれた現在10代〜20代の「オタク」を自称する若者たちは、アニメキャラクターなどの推しのモチーフでネイルをしたり、缶バッジのような身につけられるグッズをファッションに取り入れて楽しんでいるようです。
まさに「SHIBUYA109」でグッズをいち早く手に入れようという意気込みは、彼らがその世代のファッションアイコン的な存在になりつつあるともいえるのかもしれません。
既に社会人のオタクの先輩と比べると10代や20代で費やせる金額は大きくありませんし、動画サービスの普及によって以前のようにDVDなどにお金をかける必要性も減りました。
若い世代にオタクが増えつつある中で自然とオタク一人当たりの消費額は低下していますが、それでも「消費離れ」が叫ばれる若者世代の “オタ活” に関する消費欲の高さが注目されています。
例えば「SHIBUYA109」を訪れる女性たちがヲタ活の中でどのように消費をしているのかというと、イベントやライブの遠征費用やその場でのグッズの購入、仲間と推しの誕生日会を開催、自分の部屋の一部を推しの缶バッジなどのアイテムをふんだんに用いて飾る “祭壇” づくりなどがあるそうです。
痛バッグや祭壇のために推しの缶バッジを際限なく集める「無限回収」に勤しんだり、自作のイラストを飾ったりSNSに投稿したりして楽しむ若者は、オタクであることをコミュニケーションに役立てて、自分の好きなもので世界の人々と繋がるまでになってきています。
缶バッジは同じものが好きな「仲間」を見つけるツール
日本のコンテンツで世界各国にOTAKUが増えていったのは、そもそも2000年代に日本が世界に先駆けて光ファイバーを張り巡らせ、ブロードバンドが普及し、画像や動画、音楽などのコンテンツをインターネットで共有できるベースがつくられたことに始まります。
ほどなくしてYouTubeが公式にサービスを開始し、より手軽に動画が共有されるようになり、インターネットを通じてコンテンツが出回るようになりました。
それらは日本語のものでしたが、それぞれの国のOTAKUネットワークによる翻訳版が共有され、外国の人々も二次創作物を生み出したりコスプレをしたりして推しへの愛を表現することが国境を越えて楽しまれるようになっていったそうです。
実際、2000年に始まったフランスのコミケとも言われる「ジャパンエキスポ」はヨーロッパ中から25万人を動員すると言い、また、アニメソングや初音ミクのボーカロイド曲で「踊ってみた」動画をTikTokに投稿するような個人の活動も広がっています。
こうした世界のOTAKUによって、日本のコンテンツが面白い、カッコいいというのが世界に発信されていることも、若者世代に自分の好きなものを表現することにポジティブな、憧れのような気持ちを抱かせる部分もあるのかもしれません。
オタク文化が推しに関する知識量を増やしてコミュニティで盛り上がるようなスタイルから進展し、推しにかける愛情をクリエイティブに表現して発信するようになったことで、言語という大きなハードルをもろともせずに人々が世界中で仲間を見つけられるようになりました。
これから国境が開いて、また海外から多くのOTAKUたちが、缶バッジやフィギュア、ぬいぐるみにアパレル商品など日本で販売されている公式グッズを求めて訪日するようになるでしょう。
そして、アニメに出てくる山手線や神社、秋葉原や池袋、そして日本の若者の聖地「SHIBUYA109」を巡礼しつつ、カラオケでアニメソングを歌って踊って楽しむ姿を見かけるようになるはずです。
日本のコンテンツを「好き」「面白い」と感じる思いだけで、さまざまな文化の違いや歴史的、政治的な背景を乗り越えて人々が仲間になることができるとしたら、その方がもしかしたら言葉を交わすよりも素敵な異文化コミュニケーションなのかもしれません。
より多くの人々が自分の好きなものを楽しんでつながれる社会へ、喜びを共有できるコミュニケーションツールとして “オタ活” 缶バッジへの高まる期待に応えていきたいと思います。
参考書籍 :
■ 羽生雄毅「OTAKUエリート 2020年にはアキバカルチャーが世界のビジネス常識になる」講談社、2016年
■ 原田曜平「新・オタク経済 3兆円市場の地殻大変動 」朝日新聞出版、2015年