プロ野球やサッカーなど、スポーツ観戦がこれまで通りに観戦できるようになっています。
アメリカで、野球場が “ボールパーク” と呼ばれて親しまれてきたように、スタジアムでのスポーツ観戦の魅力は一種のテーマパークのようなエンターテインメント体験にあるものです。
そもそも勝利が全てというなら、優勝するような強いチームでも試合の勝率は 6 割ほどですので、観戦に行っても 10 回中 6 回勝てばいい方と言わざるを得ません。
つまり、「負けても楽しい」という後味を得られるかどうかがスポーツ観戦環境には欠かせないことがわかります。
そうした環境づくりの一つとして、缶バッジのワークショップブースが設けられたスポーツスタジアムが出てきています。
缶バッジは、おみやげグッズとしてスタジアムのショップで販売されることはありましたが、FC琉球は会場に来場した記念のオリジナル缶バッジを自分でつくれるサービスをスタートしました。
缶バッジには、試合の日付や対戦相手のチーム名が入っており、父の日や母の日などのイベント時には、その日限りのスペシャルデザインが用意されているそうです。
チケットがデジタル化されても半券の需要はある
試合のチケットがどんどんデジタル化されているなかで、紙であれば思い出にとっておけたはずの半券の楽しみは、缶バッジによって補われつつあります。
半券のように試合を記念するものを集めることは、ファンの間で大きな楽しみとなっており、歴史的な試合の半券そのものが将来的にコレクターアイテムとして価値を高める可能性もあるのです。
これまでもデジタルチケットはありましたが、偽造や違法な転売など様々な問題を抱えていました。
それがNFT( Non-Fungible Token )の登場によって、コピー・量産・偽装することができないデジタルチケットが誕生し、そうした問題を解決に導こうとしています。
NFTとは、つまり「非代替性トークン」のことで、ブロックチェーンを用いて発行された唯一無二の替えが効かないデジタルデータのことです。
NFTチケットの導入に積極的な姿勢を見せているNBAは、来場したファンの希望に応じて「チケットの半券」も発行することを検討しています。NFTチケットになることで半券に価値が出て、持ち主によって売却された場合、売却時にはある程度のコミッションをチームが得ることができるようになるといいます。
とはいえ、ビジネスにおいて、デジタルチケットがNFTによって進展することは大きなメリットになりますが、親子で訪れる観客のために遊べて身につけて持ち帰れる、缶バッジワークショップの体験も人生の思い出として半券に代わる大きな価値を持つに違いありません。
缶バッジが半券のように、ローカル経済を助ける
北海道日本ハムファイターズが「北海道ボールパーク F ビレッジ」という、キッズエリアあり温浴施設あり、さらには分譲マンションありの壮大なスタジアムを完成させました。
「野球専用のスタジアムと言っているのに、周辺に野球に関係ないものをたくさん置こうとしている」とよく言われるそうで、少年野球の人口が減っている中で野球が好きな人でなくても楽しめる、「野球を見なくても楽しい」ボールパークとしてデザインされています。
こうした町をあげての取り組みにも、缶バッジがチケットの代わりとしてできることは多そうです。
昨今では、ファンだけでなく、親子や恋人同士など、訪れる様々な属性の人たちが満足できるポイントをどれだけたくさん用意できるかが、息の長い人気施設に最も重要なポイントとなっており、そうした取り組みが地域ぐるみで行われています。
よく見かけるのは、店舗の入り口付近にステッカーが貼ってあるものですが、人々が缶バッジを身につけて一目で確認することができれば、より安心で簡単になり、コミュニティの一員としての参加意識も上がるかもしれません。
美術館というカテゴリーにとどまらず「市民の憩いの場」を目指して造られた金沢 21 世紀美術館も、北陸の人を対象とした “北陸といえば” というアンケート回答で兼六園に次ぐ 2 位にランクインするほど、地元の人々に愛されてきました。
実際、コロナ前の 2018 年度の入館者数はなんと 258 万人を数え、04年の開館から 14 年を経て、年度別での最高を更新したそうです。
金沢 21 世紀美術館が安定した人気に支えられているのは、一つに美術館の開館以降、周辺一帯が地域ぐるみで盛り上げられ、美術館の半券を使った町ぐるみのサービスが提供されてきたことにあります。
例えば、入館チケットの半券を提示すると、地域の多くの飲食店でおまけや割引のサービスが受けられるといった特典があり、今では 10 以上の地域の商店街でサービスが提供されています。
金沢 21 世紀美術館の開館によって、ひっそりとしていた商店街や町の飲食店は息を吹き返し、ローカル経済は様変わりしました。
当初は「大都市ならともかく、金沢ではねえ……」といった声も聞かれたそうですが、 美術館を憩いの場として平日は仕事帰りの地域の大人が立ち寄り、休日は家族連れが遊びに来る、そういった消費行動の流れが生まれて街全体が潤うことになったのです。
金沢では「アートdeまちあるき」とデザインされた丸いマークが参加の証となっています。それをそのまま缶バッジのデザインとして活用し、一人ひとりが身につければ、これから取り組みがますます広まるとしても、みんなが自分事として意識しやすくなるかもしれません。
そもそもコミュニティという言葉は、com(ともに)と munus(贈り物)に由来し、お互いに助け合う関係を意味しているのだそうです。
これまで地域をつなぐ重要なアイテムだったチケットがデジタル化される中で、缶バッジのように小さく手軽に持ち運べて代わりになる、新たなツールが役立つ場面が増えていくのではないでしょうか。
半券をとっておく楽しみを、缶バッジが引き継ぐ
半券に関して印象的だったのは、今年投稿された「千と千尋の神隠し」の映画の半券のツイートで、このツイートはある一般の方が 20 年前に家族 3 人で見に行った時のものとして投稿し、90,000 以上の “いいね” をもらうほど共感を集めました。メディアも注目し、複数の新聞社やWebメディアにて取り上げられたそうです。
家族で行った試合の半券、映画の半券など、半券が机の引き出しやバッグの奥から出てきたりすると、とても懐かしく大切なものと感じるのは多くの人に共通する気持ちなのかもしれません。
半券が過去のものとなりつつある中で、その楽しみを缶バッジが受け継いで、子どもたちの世代に残していけたらと思います。
参考資料 :
■ 仙田満「人が集まる建築 環境×デザイン×こどもの研究」講談社、2016年
■ 蓑 豊「超・美術館革命――金沢21世紀美術館の挑戦」KADOKAWA、2012年