これまで日本社会では一般的にサラリーマンであるならば、その会社の仕事に全力投球することが絶対でした。
しかしながら今、コロナの影響によって人々は会社から物理的に離れ、また会社の事業自体、存続できるかどうかの状態にある場合も少なくありません。
そうしたことから世間には、会社員として仕事を一つに絞ることが果たして良いことなのかという疑問や不安が膨らんでいます。
働くスタイルや仕事への意識が変わっていく中で、缶バッジにおいても、会社員として培った知識や経験、加えて趣味を通じて培ったスキルを活かし、個人が副業ビジネスを始める中での活用が進んでいます。
缶バッジの参入障壁は低いが、既存事業と組み合わせることで一気にレアな存在になれる
そもそも缶バッジは、個人のクリエイターと相性が良いアイテムとして長年イベントなどで愛用されてきました。
コロナ以前に例年50万人を動員していたコミックマーケットでも、缶バッジはグッズとして販売されたり、オマケとしてプレゼントされたりする定番アイテムとなっています。
コミックマーケットに出展する同人誌作家の9割は副業で漫画を描いていますが、多忙な二足わらじの生活の中でも缶バッジは少量から手軽に制作できる上、ファンにとっても他では手に入らない限定品として喜ばれてきたのです。
缶バッジはまた、個人の手がけるイベントでもさまざまに利用されてきたアイテムです。
あるデザイナーの方は、自身の作品の展示イベントで、訪れた人の目の前で似顔絵を描き、缶バッジにしてプレゼントするという企画を実施しました。
自分の手がけた作品がユーザーの手元にわたる瞬間を見ることができずにいるデザイナーも多いと思いますが、こうした企画では缶バッジを通じて人の喜ぶ姿、驚く表情を目の当たりにすることになります。
こちらのデザイナーの方は缶バッジのイベントによって、「ものをつくる喜び」を再確認できたと話していました。
個々のクリエイターに使われてきた地盤があったために、イベントが難しくなったコロナ以降も、缶バッジは個人のビジネスにおいてオンラインに場を変えて活用が進んでいます。
手芸・刺繍雑貨のブランドを立ち上げたあるデザイナーの方は、刺繍を用いた製品を製作し販売しており、その中でも人々の手に取りやすい缶バッジを刺繍でつくることに競争力があると感じているそうです。
というのも、印刷物を缶バッジにする場合、同じものをたくさん作ることができる代わりに、一つ一つの缶バッジに個性を表現することはできません。それが刺繍であれば、同じデザインであっても糸によって若干の違いが出るために一つ一つが自然と違うものに見えます。
缶バッジそのものはシンプルで、誰でもつくることができ、参入障壁が低いアイテムだとしても、刺繍には深い知識とそれを缶バッジにする技術が必要になるため、ほかに真似されてしまうリスクは低く、同じような商品との価格競争をしないで済んでいるそうです。
人気のキャラクターの缶バッジの市場は飽和状態にあります。
実はそういった、缶バッジがグッズとして行き渡っている市場の方が刺繍缶バッジのユニークさが光り、注文したキャラクターの刺繍缶バッジが届いたお客様がSNSなどで投稿をしてくれるなどして、広告宣伝に費用をかけなくとも反響の大きい商品になっているそうです。
こちらの商品は、半年かけて商品化に結びつけたという背景があり、そうしたクオリティへのこだわりも評判につながっているのです。
現在1,900万のユーザーを抱えるメルカリも、小規模事業者を対象としてメルカリのアプリ内で個人がお店を出店できるサービスを今年9月以降にスタートすると発表しました。
コロナの中でEコマースは急速に進展し、アイテムを並べてあるだけでなく実店舗のようなウインドーショッピング機能をもつECサイトも現れ、ネットショッピング体験が大きく変わってきています。
そうした中でも、全体におけるEC化率はいまだ6.76%に留まり、小規模事業主のEC化の遅れが目立っている。
こうした小規模事業者向けのサービスが拡大する中で、自分自身がサイトの運用や集客に時間を費やすことなく、スマホ一つで副業がてらお店のオーナーになることはもう決して夢ではないのです。
副業から福業へ「生きがいは通勤で使っていた一時間から生まれる。」
「あなたは生きがいを感じていますか」という問いに対して、時事通信社の生きがいに関する世論調査の結果、回答者の76%が「はい」と答えているにもかかわらず、「あなたは“今の仕事”に働きがいを感じていますか」という問いになると「はい」の回答が30%にしかならなかったそうです。
人が仕事に求めるのは金銭面以外に、人とのつながり、感謝や喜び、没頭や熱中、さらに誰かの役に立っているという実感なども含まれるものですが、それを一つの仕事から得るのは簡単ではないということでしょう。
また、缶バッジとスマホで個人のビジネスを立ち上げてみると、会社の一社員としてではわからなかったお金に関するリテラシーが身についたり、一方がうまくいかない時にもう一方の仕事に助けられるなどして、先の見えない世の中で生き抜くためのセーフティネットになるかもしれません。
日本でも、人材会社の株式会社エンファクトリーのように「専業禁止」を掲げる企業もあります。
複業していることを社員間でオープンにしているこちらの企業では、約6割の社員が何らかの副業をしている状態で、2019年当時で会社は7期連続増収を達成、社員の離職もほとんどありません。
積極的な複業のススメによって個々の社員の生きがいや働き方を尊重する流れは加速していくとみられ、その背景には優秀な人ほど副業が成功したら会社を辞めてしまうという損失を企業側が無視できなくなっていることもあるようです。
例えば、在宅ワークをする人々が、毎日通勤に使っていた1時間で何か価値のあることをするなら、日本中で価値のある時間はどのくらい生まれることでしょう。
機械化は進み、2020年平均で6,800万人を超えている日本の労働人口も2040年にはおよそ20%減ってしまうことが見込まれています。今後も間違いなく変わっていく社会に向けて、いつでも次へと動ける身軽さを持つことは、一つの仕事を守ることよりも安全かもしれません。
もし今の経験を活かして手を伸ばすなら、缶バッジのように金銭的・時間的なリスクの低いところから、アイデアをまずは形にしてみるのはいかがでしょうか。
どんなに小さくても自らビジネスを始め、「自分を売る」中で自分への理解を深めるならば、それは金銭面にかかわらず人生の糧となるような体験となるはずです。
参考書籍:
■酒井 潤「シリコンバレー発 スキルの掛け算で年収が増える 複業の思考法」PHP研究所、2020年
■黒田 悠介「ライフピボット 縦横無尽に未来を描く 人生100年時代の転身術 できるビジネスシリーズ」インプレス、2021年
■ダイヤモンド社 (著), DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 (編集) 「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2017年11月号 」ダイヤモンド社、2017年
■ハーバード・ビジネス・レビュー編集部 (編集), DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 (翻訳)「ハーバード・ビジネス・レビュー[EIシリーズ] 働くことのパーパス ハーバード・ビジネス・レビュー編集部」ダイヤモンド社、2021年