近年、ライフスタイルや時代の変化によって、食事の在り方が多様化しています。
かつては、大人数で食べるのが当たり前であった焼肉やお寿司なども一人で食べることが珍しくなくなり、さらにコロナ禍では一人静かに外食をする「黙食」という言葉も登場しました。
人目を気にすることなく、どんなお店でも簡単に一人で入れるようになり、テクノロジーの浸透で、オーダーも支払いもすべて人を介さずにできるようになった一方で、多くの人が食事の「美味しさ」だけでは満たされない何かを抱えているのでしょう。
よく現代の人たちは、「一人」は好きだけど、「孤独」は嫌いなのだと言われます。
食事は「上質な会話こそが一番のスパイス」と言われるように、お店で食べる料理の多くは、自宅でも自分でつくって食べられることを考えれば、現代人の多くは、心理的に料理の美味しさとは別のものに引かれてお店に入っていくのかもしれない。
人と共通の祖先を持つチンパンジーの研究では、自分だけで食べるときよりも、食を分かち合うときの方が「幸せホルモン」と言われるオキシトシンの分泌量が5倍増加すると報告されています。
今後、すべての外食産業は「カフェ化」すると言われています。
シェアの概念がマーケット・シェアの「獲得」から、マインド・シェアの「共有」にシフトしていく中で、料理の美味しさ以上に、どれだけ居心地の良い場所を提供できるかという部分が重要になってくるのでしょう。
「中」の幸せはお金で買える。現代は、「大」と「小」の幸せが圧倒的に不足している。
スターバックスのコーヒーが飛び抜けて美味しいという話は聞いたことがありません。
しかし、なぜか居心地の良さを求めて、スターバックスの店舗には人々が集まります。
特に、日本人や韓国人が、世界の中でも飛び抜けてスタバ好きなのだということを考えれば、特に日本では、居心地の良い空間というものが圧倒的に少ないのでしょう。
日本には1500店舗近くあるスターバックスですが、オーストラリアには50店舗ほどしかありません。
オーストラリアでは、個人経営のカフェが多く、注文をするとかなりの確率で名前を尋ねられ、オーダーを受け取る時は、名前を呼んで、お客さんが新しい友達を連れてくれば、他のお客さんに紹介してあげるなど、スターバックス以上の居心地の良さを提供しています。
オーストラリアのメルボルンやシドニーなどの街は、世界の住みやすい街ランキングで何度もトップに選ばれていますが、世界トップレベルの住みやすい街として認定されるためには、街全体にスターバックス以上の居心地の良さが求められるのでしょう。
教育者の藤原和博さんは、幸せには、「小」、「中」、「大」の三種類があって、「小」と「大」の幸せはお金で買えないが、「中」の幸せはお金で買えるのだと言います。
「大」の幸せとは、自分の夢や目標が実現した時の幸せで、「小」の幸せとは、友達とバカ話している時や、何かを行って感謝される時に感じる幸せです。
人間は自分の気分を良くしてくれるものにお金を払います。飲食店は、お客さんに、「大」の幸せを提供することはできませんが、商品やサービスを通じて、小さな幸せを提供することはできることでしょう。
例えば、お店の記念日にオリジナルの缶バッジをつくってプレゼントするということでも、お客さんに小さな幸せを提供することができます。
お中元やお歳暮などにしても、重要なのは中身ではなく、その感謝の気持ちの方で、その人がどんなものを貰ったら喜ぶかと想像することに意味があります。
スターバックスは、紙コップにその人の名前や一言メッセージを書くという形で小さな幸せを提供しましたが、お客さんが喜ぶデザインを想像しながら作る缶バッジもまた、小さな幸せを提供することに繋がっていくのです。
これからの日本の飲食店は、オーストラリアのカフェのように、スターバックス以上の小さな幸せを提供することが、生き残っていく上での生命線になっていくのかもしれません。
100万人に「まぁまぁ」よりも、100人の「最高!」小さいお店だからこそできる缶バッジ戦略
現在、モノはモノ単体では売れず、モノがキッカケとなって、人と人とが繋がり、そこに共感が生まれることで、自然とモノが売れていくという「コミュニティ型」の消費が少しずつ定着しつつあります。
マーケティングの世界では、100万人に「まぁまぁ」と言われるよりも、100人に「最高!!」と言われた方が何倍も良いと言われます。
コロナ禍で生き残れる飲食店は、資本力のある大手だけなどと言われますが、むしろ、距離の近い小さいお店だからこそ、缶バッジのツールなどを使って、100人の「最高!!」を作り出していけるのでしょう。
もちろん、料理の味やサービスの質も重要ですが、コロナ禍後の分断された世界では、ファンや顧客と徹底的にコミュニケーションを取ることが、提供するサービスの軸になっていくのかもしれません。
ある調査によれば、全く同じ野菜であっても、◯◯農場の◯◯さんがつくった野菜という話を聞いた時の方が、消費者は多くの対価を払うのだと言います。
「食」には、モノ(food)とコト(eat)の2つの意味があり、単純に目の前にある食べ物の美味しさを求めるのか、食を通じての繋がりを求めたり、仲間と楽しく会話しながら食事をすることが好きなのかは人それぞれなのでしょう。
人間は、食べ物を口で味わっているように見えて、実は脳や心で味わっている比率が高いのです。
距離の近い小さいお店だからこそ、身近なツールで生み出せる繋がりがあります。
飲食店でデザインされた缶バッジを見てみると、店のロゴから料理の写真、店主の笑顔の写真まで趣向が凝らされているだけでなく店の個性が現れていて、そういったオリジナル缶バッジを持っているだけでも、お店の輪に入れたような気がします。
お店がお客さんに感謝の気持ちを伝えようと工夫を凝らした缶バッジはきっと、外食の楽しさを持ち帰ったお客さんと店との馴染みの関係をスタートさせるきっかけになるのではないでしょうか。
参考書籍:
■楠本 修二郎「ラブ、ピース&カンパニー これからの仕事50の視点」日経BP、2015年
■藤原 和博『中くらいの幸せはお金で買える』筑摩書房、2015年
■楠本修二郎『おいしい経済ー世界の転換期2050年への新・日本型ビジョン』JBpress、2021年
■高井 尚之『20年続く人気カフェづくりの本――茨城・勝田の名店「サザコーヒー」に学ぶ』プレジデント社、2017年