2007年に開催された第1回東京マラソンの申込者は9万5044人でしたが、コロナ前の2019年には33万1211人まで増えています。

そもそもランニングとは孤独で辛い運動というイメージがありました。

しかし、2007年のiPhone登場以来、ランニングしたことをSNSに写真付きで共有したり、オンライン上に様々なランニング・コミュニティが生まれたことで、ランニングは「見るスポーツ」から「自分でやるスポーツ」へと変化していったのです。

「見るスポーツ」から「自分でやるスポーツ」へ

ランニングにしても、読書にしても、もしくは英会話にしても、3年、5年、10年と続けられる習慣を身を身につけなければ何の意味もありません。

長期的な行動の変化は、ランニング、読書、英会話などの習慣がその人アイデンティティの一部になった時だけに起きます。

したがって、マラソンを続けるためには、東京マラソンのような大会に出ることも大切ですが、もっと大切なのは、自分自身が「ランナー」であるというアイデンティティを確立することなのでしょう。

人間は、ある日目覚めたら急に自分は「起業家だ!」、「アーティストだ!」と思うわけではありません。

毎日ビジネスアイディアを考えたり、音楽をつくり続けるという行動を通じて、少しずつ起業家やアーティストとしてのアイデンティティが確立されていくのです。

音楽をつくり続けることで、アーティストとしてアイデンティティを確立していく。

ナイキのロゴを見るとなぜか運動をしたくなり、眠くてもレッドブルのロゴを見るとなぜかもうひと頑張りしてみたくなります。

アップルのロゴを見るとなぜか創造的な気持ちになりますし、スターバックスのロゴを見ると、なぜか人に優しく接しなくなることでしょう。

こういった様々な精神的付加価値が組み込まれたロゴには、人の行動を促進させる力があり、行動が習慣化されることによって、それがその人のアイデンティティに変わっていきます。

そういった意味では、私たちは運動をする時にナイキの服を着ると思いがちですが、むしろ、ナイキの服を着ていることによって、「運動する」というアイデンティティを自分の中に作り出していくという理解が正しいのかもしれない。

精神的付加価値が組み込まれたロゴには人々を動かす力がある。

2023年の東京マラソンでは、出場するランナーだけではなく、ランナーを応援する人たちも一緒に東京のランニングシーンを盛り上げようと、東京ランニングフェスタの缶バッジが作成されました。

ナイキのロゴと同じように、東京ランニングフェスタを身につけることによって、ランニングをする習慣がない人でも、「ランニングをする」というアイデンティティーが自分の中に作り出されていくのではないでしょうか。

起業家と同じように、朝起きて急に「今日から毎日ランニングをしよう」と思う人はまずいません。

缶バッジも含めた行動を促進させる様々な要因が重なって、ランナーとしてのアイデンティティーが確立されていくのです。

ランニングを通しての痛みが、乱れた心と身体をシンクロさせていく。


2020年のコロナを通じて、世の中の人たちは2つのカテゴリーに分けられました。

1つは、これまで以上に室内に閉じこもろうとする人。

そして、もう一つが、室内から出て、これまでよりもよりアクティブに行動しようとする人たちです。

アイディアや、やりたい事がたくさんあるのに、なかなか行動に移せない人は、行動力を刺激するための肉体的な苦しみが足りていないのかもしれません。

ランニングはよく人間づくりとも言われ、ランニングをしている時の精神状態は瞑想をしている時の精神状態に非常に近いとも言われます。

肉体的な苦しみを意識する。

人間は普通に生活をしていれば、欲や雑念が頭の中にどんどん湧いてきます。

しかし、ランニングをしている間は、肉体的な痛みと精神的な辛さが意識を現実世界に連れ戻してくれるのです。

とにかく前に走り続けるためには、身体と心を同調させなければなりません。

42,195キロを走れるのは人間以外は馬の系統位しかいないのだと言います。

一昔前の人は、一日中歩き続け、峠を一つ超えて買い出しに行くということは普通にあったはずです。

そういった意味では、身体と心が常にシンクロし、現代の人よりも安定した精神状態であったことは間違いないでしょう。

ランニングによって心と身体がシンクロしていく。

村上春樹は日々ランニングをするランナーとして知られていますが、毎日ランニングすることは、サラリーマンの方の満員電車に比べたら全然楽なことなのだと述べています。

また、ナイキの創業者であるフィル・ナイトは会社創業時の困難を救ってくれたのは、日々続けていた6マイルのマラソンだったと述べている。

2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥さんは、研究者にランナーが多いのは、研究は努力が成果につながらないことが日常茶飯事ですが、マラソンは努力すれば分かりやすい成果を感じやすいのだと言います。

山中さんは、むしろマラソンをする研究者は走り続け、努力の大切さを身体を通じて感じ続けることによって、研究という長いレースもいつかは必ず完走できるはずだと、自分を励ましているのではないかと述べています。

結果が分かりやすいマラソンを通じて、いつか自分の努力も報われるはずだと励まし続けている。

現実的に考えれば、9割の人は世の中の脇役として終わることになるでしょう。

しかし、マラソンを走っている時は自分自身が主人公であり、上司の評価や世の中の評価は関係なく努力し続ければ、確実に達成感を得ることができます。

むしろ、大人になるにつれて、想像していた通りに人生が進まないことに悩み、どんどん自尊心を失っていってしまいますが、走ることによって肉体的な痛みと精神的な辛さを通じて、達成感を感じることで、自尊心を取り戻していけるのでしょう。

ランニングという痛みを通じて、自尊心を取り戻していく。

ナイキのロゴを見るとなぜか身体を動かしたくなるのと同じように、東京マラソンなどの缶バッジを常に身につけることで、日々、「ランニングをする」というアイデンティティが目に見えないところで成長していきます。

缶バッジを見つけて意識をアップデートし続ければ、フルマラソンの完走など、意外と簡単なことなのかもしれません。