ソーシャルメディアは、現在最も人気のある自己表現のプラットフォームですが、缶バッジはそれに先駆けて、自分の考えていることを他人に伝えたり広めたりするためのツールとして使われてきました。

核兵器やベトナム戦争の反対運動に、またジェンダーフリーや女性の権利の缶バッジに見られるように、世の中に疑問を持つ人々がコミュニティを見つけて活動するのに缶バッジは役立てられています。公害問題の缶バッジなどは、社会に問題意識を広めることにも使われました。

これまで缶バッジに描かれてきたことには、その当時の人々が関心を持っていた問題、イベント、信じたことなどを反映しているといっても過言ではありません。

ベトナム反戦運動で広まった平和の缶バッジ


例えば、缶バッジでよく見かけるピース・シンボルは、元々核軍縮のために作られたものです。

これは、手旗信号の「N(両手の旗を斜め下に下ろす)」と「D(まっすぐ上に旗をあげる)」を重ね合わせて「Nuclear Disarmament(核軍縮)」を意味しています。

第二次世界大戦直後、ソ連とアメリカ、イギリスが敵対し、核戦争の恐怖が広がる中でベトナム戦争が始まると、このシンボルがアメリカで缶バッジを通じて急速に広まり、今日でも世界中で平和を実現するために使われています。

平和を意味するシンボルマークは、手旗信号の「N(両手の旗を斜め下に下ろす)」と「D(まっすぐ上に旗をあげる)」を重ねた核軍縮のマークから生まれた。

100 年という時を超え、今もさまざまな社会の問題にアイデアを提示している缶バッジ。

アメリカのコネチカット大学には、100 年前の労働運動の缶バッジから現在まで、その時代の進歩的な運動に使われたメッセージ性の強い缶バッジがおよそ 1,000 個コレクションされています。

そのメッセージの中には、例えば人種差別反対や富の不平等、地球を守ろうというものなど、今身につけても不自然ではないものも多くあり、長きに渡り闘ってきた人間の意志の強さまでもが伝わってくるようです。

女性の権利を求める運動の缶バッジにデザインされているもの。女性を意味するヴィーナスマークと、拳を突き上げる闘いのマークを合わせている。

例えば、男女の収入格差は、アメリカで 60 年代から積極的に抗議されてきたことの一つで、全米女性機構は当初、緑地に白で「59¢」とだけ描いた缶バッジを運動に用いました。

これは、男性の 1 ドルに対して女性は 59 セントしか与えられていないということを表しています。

運動は加速し、60 年代当時男性の 6 割に満たなかった女性の平均給与が現在 8 割超まで改善され、現在も女性を示すヴィーナスマークのデザインが缶バッジやソーシャルメディアで用いられるなどして、問題を解決するために活動は続いています。

実際、コネチカット大学のあるコネチカット州では、家族経営でスタートした企業が1975 年の設立以降変わらず、こうした社会に対するメッセージを缶バッジにして製造販売しており、個人のモットーから大きな運動のメッセージまで今も缶バッジが役立てられているそうです。

2,000 種以上の缶バッジで選挙に挑む


原点に立ち返れば、缶バッジが広く人々に浸透する第一歩を踏み出したのは、アメリカの大統領選挙がきっかけでした。

市民がどの候補者を支持するのかを表明するのに缶バッジは便利なツールであり、候補者にとってはどれだけ自分の缶バッジを普及させるかが重要な戦略となりました。

事実、1900 年前後の大統領選挙キャンペーンでは、一人の候補者に対して 2,000 種以上のデザインの缶バッジが製作されたこともあったそうです。

市民に缶バッジを気に入ってもらい身につけてもらうことも、重要な選挙戦略の一つ

日本でも、若者にも高齢者にも一目で伝わるコミュニケーションツールとして缶バッジがあれば、自分の支持する候補者やコミュニティを見つけ、誰もが政治や社会に参加しやすくなるかもしれません。

さまざまな人が暮らすアメリカで有権者を沸かせてきた缶バッジには、英語とスペイン語の両方でメッセージが書かれた缶バッジもあるそうです。

日本でも、これから言語や民族の多様化が進むとしても、缶バッジが移民の国アメリカの政治に使われてきた威力を想像すると、まだまだ諦めずに、より多くの人を政治に呼び込んでより良い社会を築くためにできることはあるのではないかという気がしています。

道路標識のように、世界の流れを案内する缶バッジ


労働運動から動物の保護活動、大統領選挙まで、缶バッジは草の根的なコミュニケーションを促進するクチコミツールです。

結果、これまで制作されてきた缶バッジのデザインは、その当時の人々が関心を持っていた問題、イベント、信じたことなどを反映しており、時には、世界共通の道路の標識のように社会の進むべき方向を案内するものにもなりました。

とはいえ、実際の道路標識の「この道を進め」の矢印のサインひとつを取っても、日本では矢印が上を向いているのに、海外では下を向いているというように、世界で缶バッジとして共有されているサインの中にも、まだまだ私たちの常識とは異なり理解できていないマークがたくさんありそうです。

私たちが言葉の通じない外国の空港で、行くべき方向や荷物のピックアップ場所に迷わずたどり着けるのは、世界で共通したサインがあるからです。より良い世界を実現するために重要な役割を担ってきた缶バッジのサインを知るにつれ、世界の人々とサインで通じ合う瞬間は増えていくかもしれません。

缶バッジのサインを知ることで、世界の人々と理解し合える瞬間が増える

昨今よく見かけるメッセージ缶バッジには、強い意志を表す拳のマークやLGBTの尊厳を示すレインボーフラッグ、民族や環境の問題に関する地球のマークなどがあります。

私たちの今の思いを映し出す缶バッジは、どんな缶バッジなのでしょうか。

コロナ禍でも様々な缶バッジデザインが生まれましたが、これからも人々はその時代に最も求められること、解決したいことを缶バッジにして前進していくことでしょう。

参考資料
■ Christen Carter 「Message in a Button」JSTOR Daily、December 6, 2021
■ April White「The Archive That Treats Protest Buttons Like Rare Books」Atlas Obscura、January 12, 2022
■ Elizabeth King 「The Long Story Behind Presidential Campaign Buttons and Pins」TIME、May 17, 2016