「在宅勤務になって、ちょっとした雑談や相談がしづらくなった」という話はよく聞かれます。

それでも、就職支援サービスの行った最近の調査では、正社員で働く20代から50代の回答者のうち83%が、「コロナ収束後もテレワークを希望する」と答えたそうです。

緊急事態宣言が明け、ワクチンの接種が進んでも、「With コロナ」が進む中で社員からの在宅勤務の希望を素通りすることは難しく、これからの働き方に応じて、チーム内のコミュニケーションをアップさせるにはどうすれば良いかという課題が持ち上がってきています。

そこにおいて、ある鉄道会社で社内の連携を活性化させた缶バッジのプロジェクトに、ヒントがあるのではないかという気がしています。



缶バッジを使って社内マネジメントを行っている岡山県のローカル線 水島臨海鉄道株式会社(写真提供:水島臨海鉄道株式会社)

岡山の倉敷を走るローカル線 水島鉄道では、かねてからシーズンごとに地域の人々に向けてのイベントを開催してきました。

イベントに対しての社員の意識には温度差があり、特に上の世代と下の世代が上手くいかなくなっていた時期があったそうです。

若手の立場で考えれば、全く新しいイベント企画だとしても通常の業務の延長で、上司に言われれば指示に従う“仕事”となってしまい、みんなで協力してイベントを運営するというムードになりにくいのは無理もありません。

そんなとき、イベントで新しく缶バッジを扱うことになりました。



缶バッジを導入したことがキッカケで、分断しつつあったチームに一体感が生まれた(写真提供:水島臨海鉄道株式会社)

すると、缶バッジのデザインなどは若手の方が得意なため、自然と20代〜30代が中心となって缶バッジ制作が進められていくことになったのだそうです。

次第に「このデザイン誰が考えたの?」「◯◯さんはこんなこともできるんだね!」といった会話が生まれ、缶バッジで発揮された発想力、デザインのセンス、あるいは写真の才能が社内で話題になり、社員はそれぞれ積極的に関わるようになりました。

若手が力を発揮しやすく、その能力が世代を問わずに一目瞭然にわかる缶バッジ制作は、結果的に若手の意識を高め、社内のレベルを底上げするツールになったということです。



缶バッジを胸に、会社に引っ張られている自分を辞めた


コロナ禍の在宅勤務において、ベテランと若手の間では何か相手に思うことがあったとしても、蓋をして互いに目の前の仕事に目を向けるようになっていき、チーム内に「静かなる分断」が起きていることが少なくないようです。

というのも、心理学的に私たちの好奇心は4歳以降衰えてしまうもので、困ったことに私たちは大人になると自分が何でもわかっていると思い込んでいることが多いといいます。

例えば、普段から車の運転をしている人であれば、車の運転に対して平均以上の実力があると思っていることはないでしょうか?

誰かと比べたわけではないのにそう感じてしまうのは、私たちが大人になるにつれ、他人への好奇心や自分に対する疑問を持たなくなって、「わかっている」という思い込みに縛られるようになってしまうからです。



私たちは持っていない知識・経験より、持っている知識・経験を元に知っていると思い込みやすい

「大企業に勤めるというのは電車に乗ることに似ている。あなた自身が時速60マイル(96km)で走っているのか、あなたはただ時速60マイル(96km)で走っている電車でじっとしているだけなのか?」

これは、ジャン・ポール・ゲティというアメリカの石油王の言った言葉ですが、歴史がある企業や成長を遂げた企業ほど、自分が走っている感覚よりも誰かに引っ張られていることが当たり前になり、社員から主体的なチャレンジが生まれにくくなってしまいます。

そういったときに、若手が「やってみたい」と自然に楽しめる缶バッジ制作のような企画を試してみるだけで、チーム全体が能力を発揮できる環境へと近づけるかもしれません。

缶バッジ制作は、基本的に最初から最後まで社内で完結できるため、企画から販売するまでに、誰もがどこかしらで能力を発揮できる場面があると感じます。

写真やイラスト、デザイン構成、イベント案内、販売のためのパッケージングや売り場設営など、社員の通常業務内では見えにくい、子どもの頃に得意だったことなどが発揮されたりすることもあるようです。



自分が走っているのか、電車が走っているのか(写真提供:水島臨海鉄道株式会社)

前出の岡山の水島鉄道も、蒸気機関車の時代から昨年で50周年を迎えた歴史ある鉄道ですが、若手からベテランまで社員が缶バッジ制作によって自信をつけ、それぞれの得意分野で生き生きと提案して実行するチームになりました。

「提案する→自信がつく→さらに提案する」という流れで、缶バッジそのものの質やチームの士気が上がるにつれ、社員が前に立って自分たちで缶バッジを身につけながら会社をPRしています。

こうして、社員それぞれが自分で走ることで、会社を走らせるムードが高まっています。



缶バッジ制作をすると、ひとり欠けたら、ひとり分の知識も能力も欠ける


企業の多くはコロナ禍の厳しい経営環境が今なお続いており、固定費削減や資産売却に加え、人件費の圧縮をせざるを得ない状況に追い込まれています。

社員教育に投資することや人員を増やすことが簡単ではないからこそ、「どのようにして世代間の分断を解き、すべての社員の能力を発揮させ、社内のレベルを上げるか」という課題に新しいアプローチの必要性が高まっているのではないでしょうか。



人に教えて指示する今までのアプローチではなく、お互いの能力を見つけるアプローチが求められている

同じ世代同士で水平に、年長者から垂直に、縦横の方向で知識を伝え、協力する能力があるために、人間はどんな変革の時代も環境に適応して創造する営みを続けてこれたのです。

2010年に放映されたNHK大河ドラマ『龍馬伝』では、海軍操練所に集まった志士200人に対し、坂本龍馬が次のように放つ場面があります。

「たったの200人で、この日本の海軍を作ろうとしてるがじゃ、わしらは。

アメリカ、フランス、イギリス、ロシア、異国は日本がバラバラになるんがを待ちゆう。いつでも日本を乗っ取る準備が出来ちゅう。

けんど、そうはさせんと、そうはさせんと心に決めた者らが、この海軍操練所に集まっちゅうがやろうが!」

「蒸気船は、ひとりで動かすことはできんがじゃ!

 

帆を張るもん、索を引くもん、かまを焚くもん、風を見るもん、海図を読むもん、見張りをするもん、旗を立てるもん、飯を炊くもん、壊れたところを直すもん…

誰ひとり、誰ひとり欠けたち、船を動かすことは出来んがぜよ!」

時代が進み、私たちはなんとなく、スマートフォンやコンピューターさえあれば、自分一人で仕事ができるような気になってしまっているかもしれませんが、きっとそれは思い込みで、 チームがバラバラになっていく事態から目を背けているだけに過ぎないのかもしれません。



在宅で自分一人で仕事をしている気になってしまうと、チームはバラバラになっていく

そもそも、世代間のコミュニケーションを見てみれば、親と子の関係でもなんでも話せるわけではなさそうです。

ある親子間における調査においても、65歳以上の親が、わが子と話すときに本音と建前を使い分ける割合は、本音7割、建前3割という結果になっています。

上から言ったのでは命令になってしまうし、下からはなかなか提案しにくい…その当たり前の前提があっても、缶バッジのように若手が自分の貢献を実感できてベテランにもわかりやすい取り組みが、世代間の距離を縮めるきっかけになるでしょう。

缶バッジを制作して販売する企画を試してみれば、従来のように同じ空間で仕事ができないとしても、チーム全体が能力を発揮できる環境へと近づけるかもしれません。



参考書籍:
■イアン・レズリー「子どもは40000回質問する~あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力~」光文社、2016年 
■細谷功「会社の老化は止められない――未来を開くための組織不可逆論」亜紀書房、2013年
■オヤノコトマガジン7号、株式会社オヤノコトネット、2012年