スーパーの買い物で、人々が計画的に購入しているのは平均3割程度で、その場の判断で買うモノの方が多いのが実情だそうです。

デザインの世界では「パッケージが4割」といわれたりもするそうですが、確かに普段の行動を振り返ると、パッとみた印象で選んで商品をカゴに入れていることが少なくないかもしれません。

私たちが日々「なんかよさそう」とついつい“ジャケ買い”してしまうように、まだあまり知られていないモノを一般の人々に広めようというステージに、缶バッジが登場する機会が増えているようです。


パッケージで売上の4割が決まるという。ジャケ買いの醍醐味は、新しい世界との出会い。

例えば10,000種あるという日本酒のラベルは、瓶そのものに差が生まれにくい分、それぞれのラベルに個性的な世界観が凝縮されています。

しかしながら、日本酒の愛好家でもなければなかなか目にすることがありません。

そこで日本酒ラベルを缶バッジにして、日本酒のことは知らないけれど「可愛い絵柄なので購入してしまった」というような、一般の人と日本酒との新たな接点をつくるツールとして缶バッジが用いられています。



缶バッジの小さな枠内は、ロゴを引き立てるメディア


もともと缶バッジは、こうしたラベルデザインに使われている商品や会社のロゴととても相性のいい媒体です。

缶バッジの小さな枠内に収まるロゴでも、漢字やひらがな、絵、キャラクター、あるいは記号など、表現方法には工夫が凝らされています。

例えば文字について、文字と文字の間を広げれば、見る人にふんわりゆったりとした伝わり方をしますし、逆に文字の間が詰まっている場合はスピード感や緊張感が伝わります。

人の声の太い声、細い声が与える印象が異なるように、ラベルやロゴに使われる字体や字間によって、それらが“話す”商品のイメージや会社の印象も変わってくるというわけです。


テキストのフォントや文字の配置の仕方で伝わる印象が全然変わる。

例えば、1971年に生まれたナイキのロゴは最も美しいロゴとも言われています。

このロゴは、ナイキ(Nike)の社名が古代ギリシャ神話に登場する勝利の女神ニケに由来するということで、その女神の翼をモチーフに表現したものだそうです。

そうしたイメージから、このロゴは「Swoosh」(日本語でいうと「ヒューッ」という擬音語で表現させる)と名前付けられ、「スピード」「躍動」を感じさせるブランドとしてナイキの成長を引っ張ってきました。

勝利の女神や疾走感の表現されたナイキのロゴは、アスリートにとって「速く走れるような気がする」「もっと飛べるような気がする」と一種のお守りのようにもなりうるかもしれません。


毎日見ているロゴの背景には、色々な意味や想いがあり、日々、人々の脳裏に様々な影響を与えている。

ナイキのロゴがナイキのブランドを代表するように、ロゴは全体を引っ張る存在です。

実際、1年半もの間、毎日ロゴをデザインすることを自らに課していたデザイナーの方の話では、ロゴのデザインを受注するようになる中で、ブランド全体のイメージをつくる仕事の話も入ってくるようになったといいます。

ロゴは一言で言えば、その商品や会社が“最適解”で表現されていなくてはなりません。

ロゴを製作する過程でまず最初に行われるのは、想いを整理して筋道を立てること。そうして生まれたロゴを缶バッジにして広めるということは、その想いに自信を持っているからできることとも言えるでしょう。

そういった意味で、缶バッジは「この想いはどんなロゴにできるのか」を考える筋肉を鍛えたり、想いを確かめ、広めたりするツールにもなります。



想いの詰まったロゴをプリントした缶バッジにも、同じだけの想いを込めること

ロゴに使われる字体や色、絵などによって話し方、伝え方が変わる。丸みやカラフルな色でカジュアルな親しみやすさを出したり、エレガントな細い書体で文化的な品格を出したり。

ロゴを考えることは、想いを整理するところから始まり、想いを伝える最適解を出し、さらに想いを届けることへと発展していきますが、そのロゴ自体が一般の人の目につきやすいところにないと、せっかくの想いが広がらずに滞ってしまいます。

そんな時には、缶バッジのように広く誰にでも手に入りやすい、目に留まりやすい媒体を使いましょう。

日本酒ラベルのように缶バッジにロゴをプリントすれば、ロゴは脇役ではなく主役となって一般の人々に届き、まずはロゴから商品や企業に興味を持ってもらうことができます。


缶バッジは手軽で、意味や想いを広く伝えるために適したツール

きっと、日本酒ラベルの缶バッジが空港のガチャガチャやキオスクなどで販売されるようになれば、余った小銭から海外の人が日本酒に出会うきっかけが生まれ、世界に日本酒ファンをつくる足がかりにもなるでしょう。

もちろん缶バッジの“ジャケ買い”促進に力を注ぐことも重要で、実際、日本酒ラベルの缶バッジの取り組みにおいて興味深いのは、缶バッジ自体のデザインがかっこいいだけではなく、缶バッジの包まれているパッケージも洗練されているという点です。

想いの詰まったロゴなのですから、それをプリントしたアイテムにも、同じだけの想いを込めるべきなのかもしれません。


手軽なツールに圧倒的な想いを込める。

デザインの世界はデジタル化によって表現の可能性が広がり、ロゴの色や書体は多様で、デザインの専門性は深まるばかりです。

けれどもロゴをつくることは、元をたどれば、想いを理解して整理するというコアの部分に近づく作業だと言えそうです。

缶バッジは商品や企業の本質にスポットを当てて伝えるメディアとして、まだ一部のファンの中でとどまっている新しいモノやニッチな業界を盛り上げています。



参考書籍:
石川 竜太「毎日ロゴ 無名デザイナーが365日、毎日ロゴをつくり続け 有名デザイン賞を受賞したロゴデザイン上達法」ビー・エヌ・エヌ新社、2020年
植田 阿希「ロゴデザインの教科書 良質な見本から学べるすぐに使えるアイデア帳」SBクリエイティブ、2020年