1990年代初頭、とあるシンクタンクが携帯電話の普及率について試算したところ、当時100万台程度の普及率だった携帯電話は10年後には500万台程度の普及率になると予測されていました。
しかし、現実ではその予想を遥かに超え、携帯電話加入率は6000万台にも上ったのです。
リサーチャーたちは、携帯電話はビジネスマンが使うものと仮定し、存在しない「ペルソナ」を設定したことで予想が大幅にずれてしまったのです。
実はFacebook、Dropbox、Skypeなど爆発的ヒットを飛ばしたサービスや商品の多くは「こんなものがあったらいいのにな」というたった一人の個人的欲求から生まれたものが多く、これは「N=1マーケティング」と呼ばれています。
缶バッジ運用に成功している弊社のお客様の中には、このN=1マーケティングを上手く活用していらっしゃる方も多く、今回はそうした方々の事例も交えつつ解説を行いたいと思います。
アンケート調査などにおけるサンプル数は、多ければ多いほど信憑性が高いとされ、1000人や10000人を対象にして得られたアンケート調査は優位性が高いとされがちです。
対するN=1マーケティングとは、こうした大規模なアンケートなどを行わず、単純に「これが好き」「こんなのがあったらいいな」という個人的欲求を起点に商品作りや宣伝を行うという手法です。
会ったこともない1万人の暮らしを想像するよりも、自分自身や身近な人のことを想像しながらアプローチを行うN=1マーケティングは、小商の側面が強い缶バッジと相性が良いかもしれません。
肌ラボの成功例は缶バッジに応用できる「N=1の本質は、言語化されていない潜在的な欲求の発掘」
とは言え、自分自身や身近な「1人」に注目することに対して懸念を示す人は少なくないはずです。
きっと「ニッチすぎて誰も買わない」と考える人が多いことでしょう。
しかし、個人差は多少あれど、人は誰しもが似たような欲望や感情を持っているもので、ヒット作と呼ばれる商品やサービスの多くが「特定の1人」を喜ばせるために作られてきました。
例えば、スキンケア業界で圧倒的なシェアを誇る「肌ラボ」はN=1マーケティングで成功した企業の一つです。
長年売り上げが低迷していた肌ラボは、従来の定量的なリサーチに頼ることをやめ、実際に街を歩いて商品が並ぶ小売店に足繁く立ち寄り、顧客の生の声を拾い集めることにしました。
すると、少数ではあったものの肌ラボの化粧水を強く支持する消費者に出会えたそうです。
ある顧客の一人が試供品を手に取り、「頬が手にくっつくほどベタベタする」と笑顔で話していたと言います。
「ベタつく」という表現はネガティブに捉えられがちですが、スキンケアにおいて「ベタつくのは、しっかりと保湿されている証拠」と捉えることもできるはずです。
肌ラボは、この一人の顧客が漏らした声を全面的に取り上げることにし、「手に頬がくっついて離れなくなるほど『もちもち肌』になる化粧水」という訴求をしました。
「ベタつくほど保湿できる」という、これまで言語化されてこなかった顧客が潜在的に求めていた欲求を発掘し、製品を宣伝したことで、その後、売り上げを大幅に伸ばし、ナンバーワン化粧水の座を射止めることができたのです。
“自分”が欲しい缶バッジを作ったら、“みんな”が欲しがる缶バッジが出来上がった
弊社の缶バッジを使用しているライフスタイル社の渡さんは、これまでコカコーラなどの国内向けライセンス商品を手がけており、缶バッジなどのノベルティを製造販売してきました。
ところが、コロナウイルスの影響でノベルティグッズの需要が落ち込み、時間にゆとりができたこともあり、オリジナルブランドの立ち上げに着手しました。
そこで渡さんがが立ち上げたのが「オンザビーチ」というオリジナルブランドです。
同ブランドを立ち上げた背景に関して、渡さんは次のように話します。
「もともとサーフィンに慣れ親しんでいて、サーフブランドの商品を買いたいと思っていたのですが、私くらいの歳になると、既存の派手なサーフブランドには手を出しづらいんです…」
「そこで私の世代でも気兼ねなく身に付けられる、『自分がほしい』商品を試しに作ってみたところ、想像以上に良いものが出来上がりました。主に缶バッジやアパレル商品を作ったのですが、これなら欲しいと思う人がいるんじゃないかと思い、通販で販売してみると飛ぶように売れていったんです」
実際に購入される層は、渡さんと同じ年代の方が多いそうで、渡さんの「サーフブランドを身に付けたい」という個人的欲求は、かつてサーフィンブームで波乗りを楽しんだ世代に通ずるものがあったということなのでしょう。
スープストックの成功例と缶バッジへの応用「女性の社会進出によって生まれた新たな需要」
駅ナカなどでもよく目にするようになったスープストックは、ある1人の女性の総合職の方をイメージして作られました。
スープストックが創業した1999年は、ちょうど女性の総合職が目立ち始めた時代だったため、まだまだオフィス街では男性が中心の社会で、女性がランチタイムにほっと一息つける場所がありませんでした。
移動時間などを考慮すると、食事をとるために使える時間は30分程度。しかし、牛丼屋やハンバーガー店でくつろぐことは難しいですし、周りの男性にガッついている姿を見せたくないと感じている女性も多かったのでしょう。
たくさん注文してガッついている姿は見られたくないけれど、しっかりと食べて空腹を満たしたいという本音を満たすために、スープストックはスープカップに工夫を凝らしました。
同社が施した工夫とは、植物鉢のような形の縦型の容器を導入することでした。縦型のカップは、見た目はそれほど多く見えないにも関わらず、量がたくさん入り、食べている様子も上品に見えます。
たった1人の女性のために考え出した、働く女性に対する配慮は、結果的に多くの女性から支持され、現在ではスープストックの顧客の9割を女性が占めています。
子連れの親御さんをイメージして缶バッジイベントを開催したら、結果的に車が売れたカーディーラー
近年、ショッピングモールで自動車販売を行うカーディーラーが少なくありません。
弊社の缶バッジをご利用いただいているトヨタカローラ埼玉様は、ショッピングモール内で缶バッジのイベントを頻繁に開催しています。
共働きの家庭が増えたこともあって、ショッピングモールは両親が子供を連れて、買い物と子供の相手を同時にする場所として重宝されるようになりました。 とは言え、両親の買い物に付き合わされる子供たちは買い物中に機嫌を損ねることが多く、「買い物の最中に子供が駄々をこねて困る」という声を元に考案されたのが、缶バッジイベントだったのです。
親は買い物をし、子供は缶バッジイベントに参加することで、双方がショッピングセンターでの時間を満足なものにすることができる上、缶バッジイベントは副次的な効果をもたらしたと同社の平塚昌紀さんは言います。
「お子さんが缶バッジを作っている間、ずっと眺めている親御さんは少数派で、ほとんどの方は子どもが缶バッジ作りに夢中になっている間に買い出しに行ったり、車を見たりしていますね」
「すると、『車って分割払いで月々7,800円で買えるんだ』とか、そういう情報に触れることができます。中には、『今日の買い物で使った金額よりも、車の分割払いの方が安い』と気づく方もいらっしゃって。そろそろ車の替え時と思って、思い切って購入される方が少なくないんです」
商品開発や宣伝を問わず、結局、みんなのために作るものは誰のためのものにもなり得ないでしょう。
その意味において、自分自身や周りにいるたった「1人」に焦点をあてるN=1はある意味、合理的なアプローチだと言えるのかもしれません。
そしてトヨタカローラ様のように、当初は想定していなかった思わぬ化学反応が起こり得るのもN=1マーケティングの強みの一つだと言えます。
とは言え、定量的なリサーチを行わず、いきなりN=1マーケティングを実践するのは心理的なハードルが高いもの。
そう考えれば、良い意味で「失敗が許される」缶バッジは、N=1マーケティングを実践するのにちょうど良い商材なのかもしれません。