マスメディアから一方的に情報が発信されていた時代に比べ、情報収集手段が増えたことで、消費者は数ある情報の中から必要なものだけを選んで受け取ることができるようになりました。

しかし、それは企業側からすると、伝えたいメッセージや広告が消費者に届きにくくなってきている時代ということができるかもしれません。

そうした状況のなか、「使ってもらえる広告」という一風変わった広告メディアが、ブランドを訴求する新しい手段の一つとして活用され始めているようです。

今回は、ナイキの取り組みと缶バッジの事例を読み解くことで、他業種においても応用することのできるヒントを模索していきます。



ノベルティグッズとしてだけではなく、様々な用途で活用されている缶バッジ。今回は「使ってもらえる広告」という独自な形での活用例を読み解くことで、他業種にも応用できるヒントを模索していく。

「使ってもらえる広告」の分かりやすい例の一つに挙げられるのが、ナイキがブラジルで行った、ゴミ箱を広告メディアとして活用した事例です。

ブラジルでは当時、公園の利用者のゴミのマナーが問題とされていました。その問題に対し、スポーツブランドであるナイキがゴミ箱の設置を買って出たのです。

ただナイキは、ゴミ箱をそのまま置くのではなく、ゴミ箱にナイキのロゴの入ったバスケットボールのボードを取り付けました。そうすることで、バスケットボールをゴールに入れる感覚を消費者に喚起し、ゴミを捨てる行為に遊び心を持ってもらおうとしたのです。

その工夫が功を奏し、結果的には問題とされていたゴミのポイ捨てを減らすことに繋がりました。また、実際にゴミ箱を使ってもらうことでブランドが消費者に認知され、ゴミ箱がナイキの広告メディアとしての役割も果たすようになったのです。



ロゴが入ったバスケットボールのボードをゴミ箱の上に設置して、ゴミをゴミ箱にシュートをしてもらうような感覚を引き起こした。

さらに興味深いことに、ナイキが広告メディアとして公園のゴミ箱を選んだ背景には、明確な理由があったと言われています。

それは、公園のゴミ箱を利用する人々が、ナイキの潜在的な顧客であるということです。

というのは、公園で運動をしている人たちは、体を動かすことや屋外でのアクティビティを好む消費者である可能性が高く、ナイキのターゲットとしている層と一致しています。つまり「公園のゴミ箱」は、ナイキがターゲット層との接点をつくる上で、効率的な広告メディアだと言うことが出来るのです。



公園で遊んでいる人たちはナイキの潜在的な顧客層である可能性が高く、公園のゴミ箱にロゴを付けることで、効果的にターゲットにブランドを認知してもらうことができる。

こうしてナイキがゴミ箱を広告メディアとして活用したのは、これまでの広告メディアの表現手法が成り立ちにくくなっている事が関係しているかもしれません。

例えば、これまでの広告メディアと言えば、「見てもらう」や「読んでもらう」などの「表現によるメッセージ訴求」が一般的とされており、消費者との接点をつくるためには、複数のメディアを組み合わせたり広告枠を増やしたりするなどして、伝えたいメッセージを多面的に消費者にリーチさせることが有効だとされてきました。

しかし、そもそも情報量やメディアの数が増えすぎてしまっていることで、消費者が「広告疲れ」を引き起こしていたり、消費者が広告と接触する確率自体が減っていたりして、こうしたリーチ拡大志向のメディア広告が成果に結び付きにくくなってきているのです。

その意味においては、「使ってもらえる広告」に、新しい広告メディアの可能性が秘められていると言うこともできるかもしれません。



「使ってもらう頻度=ブランドとのタッチ・ポイント」になることが「使ってもらえる広告」の強み。既存の表現による広告メディアよりも、着実に消費者との接点を作ることができる。

実は、こうした「使ってもらえる広告」の考え方を缶バッジに応用されている方々が弊社のお客様の中にいらっしゃいます。

それは、専門学校ESPエンタテインメント東京の学生の皆様です。

学校で音楽ビジネスについて勉強している彼女たちは、実際にマネジメントに携わっている「abysmal flock(アビスモルフロック)」というバンドの特典グッズとして活用できるアイテムを探していました。

その時に浮かんだアイテムが缶バッジです。ギターケースに缶バッジをたくさん付けているバンドマンが思い浮かぶように、バンドの活動と缶バッジは相性が良いと考えたのだといいます。

ですが、普通の缶バッジだと他のバンドと差別化しにくいことや、配布した後に家に置きっぱなしにされてしまったら、バンドの告知ツールとしては意味をなさないことに気がつき、代替案を考え始めたのだそうです。





専門学校ESPエンタテインメント東京 音楽芸能スタッフ科 ファンクラブ/デザインコース2年生の皆さん。

そこで思いついたのが、缶バッジの針の部分を鏡に変えて、「缶ミラー」を作るということでした。

その背景には、彼女たちがマネジメントしている、abysmal flock のターゲット層が10代後半〜20代前半の女性ということが関係しています。

というのも、自分たちの経験から、同年代の女性が普段から小さな鏡を持ち歩いていることを知っていた彼女たちは、缶ミラーであれば日常的に持ち歩いて使ってもらえると考えたのです。

また、缶ミラーは使っているときに缶のデザイン側が周りの人々の目に入ります。そのため、デザインがきっかけに会話が始まって、「これは、abysmal flock っていうバンドのミラーだよ」という風に、口コミでバンドのことを広げてくれる可能性もあるしれないと、学生の皆さんは意気揚々と教えてくださいました。



学生の皆さんが作った缶ミラー。裏面には鏡、表面にはバンドメンバーの姿がデザインされている。缶ミラー本体には、手のひらサイズの少し大きめの缶を利用しており、利用者の使いやすさも考慮されている。

こうして、「消費者の役に立つことを前提として、使ってもらうことが結果的にバンドの告知にも繋がる」というように、消費者の視点に立って特典グッズを考えた学生たちのアイデアには大変興味深いものがあります。

もちろん、ナイキのゴミ箱や缶ミラーの例が、他の状況にもそのまま当てはまるとは考えにくいかもしれません。それでも、「使ってもらえる広告」は誰をターゲットにするかによって柔軟に形を変えることができるため、他業種においても応用しやすい広告メディアのあり方だと捉えることもできます。

そうした形で缶バッジが役立っていることを知ることができて嬉しく思いますし、「使ってもらえる広告」の考え方を応用した事例として、参考になれば幸いです。