人はロマンティックなことを考えると、水を甘く感じるそうです。
こうした現象については食品・飲料品メーカーも参画して研究が行われています。調査の中には「どこでその食べ物が出されたか」によって味への評価が20%以上も異なる結果になったものもあるそうです。
実際、特に普段の生活と違う場、例えば高級レストランなどで、その空間にいるだけで緊張してしまい、食べたものの味をほとんど感じられずに悔しい思いをしたことのある人は少なくないでしょう。
訪れる全ての人に心から味わってもらうにはどうしたらいいかと悩んだ末に、逆さにすると「モー」と鳴く牛の置物をテーブルの上に置いてみたという高級レストランの話があります。そのレストランでは、置物を手に取った人が皆クスッと顔をほころばせ、気を楽に食事することができるようになったといいます。
味に自信のあるレストランほど、訪れる人に最大限の体験をしてもらうため、心をほぐすサービスを必然なものと捉えているのかもしれません。
缶バッジもそうした“前菜の前菜”としてのポジションで、心のコンディションを整える役割が大きくなってきているようです。
中でも、慣れない場に訪れた人々を心からの体験に導くことのできる準備体操として、昨今さまざまな業界で缶バッジは利用されています。
高級レストランと似て、高価な楽器を置いてある楽器店も長年楽器を演奏している人、楽器の知識がある人でなければ「敷居が高い」と緊張されやすいタイプのお店です。
そこで、ある打楽器の楽器店では、いろいろな楽器のイラストが描かれた缶バッジをガチャガチャにしてお店の入り口に置いています。
店頭にガチャガチャがあることで、部活やバンドで打楽器を始めた中高生がお店を訪れた際に、自分の演奏する打楽器の缶バッジを求めてガチャガチャで遊ぶようになりました。
楽器関連の品物はドラムスティックでも1,000円くらいしますから、ガチャガチャを置くまでは何も買えずに帰ってしまう子どもたちが多かったそうです。
こちらのお店では、缶バッジで心をほぐし、打楽器を通じて心を通わせて楽器の面白さを広く伝えようとしています。
高価という意味では、自動車もふらっと立ち寄って購入できるようなアイテムではありませんでした。
テレビ離れや新聞離れによって車を宣伝する場が減ってしまった今の社会では、一般に車の魅力を伝えるにはどのようにすればいいのか、ということが自動車業界の一つの課題になっています。
そうした現状を打破すべく、自動車販売店は人が集まるショッピングモールの中で車を展示販売し、車だって分割であればショッピングモールで服を買うような値段で買えるのだと伝える取り組みをしています。
車という商品は、交通の便の良い都会では家族が増えることで必要度が増すアイテムです。
そこで、ショッピングモールの車の展示スペースに子どもたちのために缶バッジマシンを設置し、通りがかって立ち止まった子どもたちから、車の近くに人が集まる流れをつくり出しています。
人々の日常的な場で車を身近に感じる体験を重ねれば、車のある生活にだんだんと親しみを感じる気持ちになってくるかもしれません。
コロナ禍でモノの販売の仕方は変わりましたが、自動車も毎日の食材を選ぶスーパーの入ったモールの中で、選べる時代になっています。
そもそも私たちの脳、心、感覚は対話をするようにして物事を体験をしているため、たとえどんなにクオリティが高いモノであっても、私たちがどう感じるかは一定ではありません。
同じ食べものや飲みものを口しても私たちが感じる美味しさがその時の心の状態によって異なるということは、ビジネスディナーの味を思い出せないのと対照的に、その場の快さ次第では何十年先も思い出される体験をつくることも可能なのです。
そういった意味で、これからも缶バッジは訪れる人の心をほぐし、準備を整え、何か上質なものを心から味わう手助けになっていくことでしょう。