コロナによって若者が孤立し、一人で悩みを抱えるようになってしまったことが、深刻な現代社会の問題として認識されつつあります。

本来であれば、学校の友達など、だれかと語り合ったりしながら多感な時期を乗り越えていく年頃に、人と接する機会を制限され、言いたいことを言いにくい生活環境がつくられてしまった…。

そんな若者のために立ち上がった企業の共同プロジェクトによって調査が行われた結果、「なんだか、みんなと違う」と感じ、悩みや課題を声にできずに一人で悩む若者が回答者の 6 割に及んだそうです。

こちらの調査結果を掘り下げると、若者が自分のことを人と違うと感じたり、コンプレックスだと思っていることには、例えば「ニキビが顔にたくさんある」「電話が苦手」「人前に出ると緊張してきょどきょどしてしまう」など、外見や性格、人間関係などに関するさまざまなことがあり、それぞれが真剣に悩んでいることが見えてきたといいます。

さらに注目すべきは、そうした悩みを抱える若者のうち 70% が、自分が悩んでいることを人に知ってほしいと思っていることです。

悩みを人に伝えたいと思っても声に出すことは難しく、匿名でSNSに書き込んだりして人知れず悩みを打ち明ける人も出てきています。

しかしながら、そうした若者の声に反応する人が、必ずしも彼らを助けたいと思っている人ではないというのが事実で、悩みを持つ若者が事件に巻き込まれるケースも大きく取り上げられるようになりました。

インターネットにアクセスできる子供を抱える親世代の間では、インターネットに潜む危険から、なんとか若者を救いたいという思いも切実です。

ネットリテラシー専門家の小木曽 健氏も10月末に放映された北海道文化放送のニュースで、ネット上では「あなたのことを全然大事に思わない人が近づいてくる可能性がある。これは間違いなく言えるので書かない方がいいと伝えたいです」と述べていました。

SNSに書かずにはいられないほど一人で抱え込んでしまう前に、若者が”リスクの大きい顔の見えない誰か”ではなく、友達や周りの人にさりげなく自分の悩みを知ってもらう方法があれば、若者の多くが持つ行き場のないつらさを和らげることができるかも知れません。

そうした中で、言えない悩みを代弁するアイテムとして、心の声をさりげなくデザインした缶バッジが、少しずつ社会で活用され始めています。

悩みを伝える可愛らしい缶バッジが勇気をくれる


実際、なぜその人が生きづらさを感じているのかを周囲の人が理解でき、日々少しの気配りができれば、その人が思い詰めるまでに状況が深刻化することを防げるのかも知れません。

札幌で、一般企業で働くことが難しい人に働く場を提供し、就労に必要な能力を身につけるための訓練を行っている障害者就労支援施設「就労継続支援ビルド」(就労継続支援B型)は、その人の特徴を伝える「トリセツ!」という缶バッジを製作販売しています。

外見からはわかりにくい、例えば、「においに敏感です」「大きい音が苦手です」といった特徴が可愛らしい動物とともに缶バッジにデザインされており、いつも持ち歩いているバッグや、赤いヘルプマークと一緒に身につけられるようになっています。

2020年4月に「トリセツ!」第一弾が発表されると、ネット上で注目され、特徴のある子どもを育てる保護者から社会人まで、幅広く購入されるようになったそうです。

これまで言えずに我慢してきたことを、さりげなく知ってもらうことができる缶バッジ。それを付け始めてから、周りの人に自分の障害や性質のことを少しずつ伝えられるようになってきたという声も聞かれるそうです。

缶バッジの動物のイラストを見て「その缶バッジかわいいね」というような気軽さで話のきっかけができ、伝えにくいことを伝える一歩も軽くなるのかもしれません。

咳ひとつするのも肩身が狭く感じたコロナ禍の真っ只中では、「花粉症です」という、コロナウイルス感染症に罹患しているわけではないことをさりげなく知ってもらうために、いろいろな動物のイラスト缶バッジが用いられました。

とびきり可愛いイラストから、クスッと笑ってしまうものまで、張りつめた状況でも柔らかくメッセージを送るツールとして缶バッジは今後もより多様に、活用の幅を広げていくことでしょう。

缶バッジで、生きやすい日常へと変えていく


家にこもる生活が続き、インターネット上でコミュニケーションをとる割合は格段に増え、人の顔を見て話したり、誰かと同じ場所で同じ時を過ごすことが難しくなりました。

その結果の一つとして、若者にとって不要不急の外出がいかに大切であったかが、コロナによって顕在化されたと言われています。

初めの頃は多くの若者が休校・在宅になって浮かれていたものの、友達と会えない、イベントに行けない、アルバイトもできないなど、日常の中で楽しみにしていたことややりがいを感じていたことに手が届かなくなりました。

コロナ禍で一変した日常がこれから戻っていくとして、どうすれば若者が再び気軽に行動して生きやすさを感じられるのか、これ以上痛ましい事件を増やさないためにも、すぐにでもできることを始めていかなければならないと感じます。

人の心が何によって追い込まれるのかという話では昔から、成人男性は「金とメンツ」、若者や女性は「人間関係」と言われているそうですから、若者が深刻な生きづらさを抱えないようにするには、周りの人々に少しずつ自分が受け入れられていく経験が必要なのかも知れません。

缶バッジが、さりげない人と人との顔の見えるコミュニケーションツールとして、誰もがより生きやすい社会を築く一助になれたらと思います。


Illustrations by エビアヤノ
https://www.instagram.com/ebisan_gallery/

参考資料:
■ 「”coe”プロジェクト」https://www.cinra.net/specialfeature/coe
■ 松本 俊彦「『死にたい』に現場で向き合う—自殺予防の最前線」日本評論社、2021年
■ 小木曽健「11歳からの正しく怖がるインターネット」晶文社、2017年