英国のジャーナリストであるデイヴィッド・グッドハートは、ここ十数年で、「手」や「心」を使った仕事の価値が低下し、「頭」を使った仕事だけがどんどん評価されるようになってきていると述べています。

実際、子どもは将来の夢を聞かれると、「消防士になりたい。」、「お花屋さんになりたい。」、「料理人になりたい。」などと、手や心を頻繁に使う仕事に憧れますが、高校、大学に進むにつれて、コンサルタントや金融など、徐々に頭を使う仕事に憧れるようになっていくのです。

これに加えて、私たちは、毎日当たり前に使っているトイレやトースターがどういった仕組みで動いているのかさえ知りません。

手を使ったものづくりがコストの安い国にどんどんアウトソーシングされたことで、「手」を使って何かを生み出すという感覚がどんどん失われ、日本はいずれ、外国の力を借りなければトースターひとつ作れない国になってしまうことでしょう。



「手」を使った仕事の評価がどんどん低下している。

確かに、工業社会から知識社会にシフトするにつれて、頭を使った仕事の重要度が増していくことは間違いありません。

しかし、人の話を聞く時も、メモをとりながら話を聞いた方が頭に入りやすいと言われるように、ビジネスをする上でも、手を動かしながら考えることで、思考が活性化され、バラバラであったアイディアが徐々につながり始めるのです。

手を動かしながら缶バッジを作っていく作業は、普段あまり「手」を使わない知的労働者が失われた感覚を取り戻すためには、もってこいの方法なのかもしれません。



手を動かし、失敗を重ねる時間は「神様との対話」


日本一の純利益を生み出すトヨタでは、口だけ達者で手を動かさない批評家は相手にされないと言いますが、多くの人は、頭の中で、解決すべき問題がグルグル回っているだけで、手を動かした思考のアウトプットが全くできていないのです。

アメリカ人ジャーナリスト、ニコラス・G・カーは、インターネットの使い過ぎで、多くの人の頭がどんどん悪くなっていることを指摘しています。

頭だけを使って考えていても、物事に意味を与えられません。物事に意味を与え続けていくためには、具体性と抽象性を統合するために、「考える」と「自分の手を動かす」を統合して、手を動かして考えるということを実行していく必要があるのです。

実際に手を使って、缶バッジをデザインしたり、重量感のある缶バッジ・マシーンを使って、音楽のリズムなどに合わせながら、どんどん缶バッジをつくっていくと、頭の中で止まっていた思考が少しずつ動き出すのが分かります。

そもそも日本人は、手や身体を使って日常体験と勘を組み合わせ、物事を理解する力が優れているのにも関わらず、実際は、頭で理解した欧米の理論を信じるという矛盾した行動をとっているのです。



頭の使い過ぎで、どんどん頭が悪くなっている。

日本人は失われた30年で、自分たちのやり方に自信を無くしてしまったのかもしれません。本当の創造性とは、手と頭がバランス良く機能した時に生まれ、手と頭が上手く機能し始めると、そこから徐々に「心」というものが生まれてきます。

最近では、ランニングや筋トレを積極的に行う経営者が増えている。シカゴ大学のシアン・バイロック教授は、物事は常に「首から下で考えなさい!」と言いますが、とにかく考えることが仕事の経営者の人たちも、身体を動かすことで、良いアイディアが生まれやすくなることを無意識の中で理解しているのでしょう。

会社においても、創業当初は大きなビジョンを持っていたにも関わらず、規模が大きくなるにつれて、少しずつ仕事から手から頭にシフトしていき、最初の頃は持っていた心が失われていきます。



手と頭が上手く機能し始めると、そこに心が生まれる。

そういった意味では、手を動かす原点に戻ることが、頭を活性化させ、心を取り戻す一番の方法なのだろう。

ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長の暦本純一さんは、何度も失敗を重ねながら手を動かす時間は「神様との対話」だと述べていますが、実際に手を動かすことで、頭の中のアイディアがどんどん研ぎ澄まされていくのでしょう。



チームメンバーで、缶バッジをつくって手を動かせば、そこに新しい思考が生まれる。


世の中の仕事を見てみても、頭を使って仕事をしている金融マンやコンサルタントがいなくなってもあまり困りませんが、身体や心を使って仕事をしているゴミ収集業者や介護関係の方々が急にいなくなってしまえば、世の中は機能しなくなってしまいます。

バイデン米大統領もホワイトハウスにトラック運転手やその家族を招き、「投資銀行に勤める全員が辞めても大して何かが変わるわけでもないが、あなたたち全員が辞めたら、全てが止まる」と演説をしました。

これと同じように、頭を使って仕事をしている経営者やクリエイターの人たちであったとしても、手と頭のバランスを上手に保っていかないと、心がこもった作品や会社経営ができないのです。

社内のチームメンバーで、プロモーション用の缶バッジを作って手を動かせば、それに連動して頭も動き出し、新しい思考が流れ始めます。



手を動かす人がいなくなると、世の中は機能しなくなってしまう。

小分けにしたゴールに向かって、風景を変えながら前に進んでいくためには、頭を使って先回りして考えるよりも、どんどん手を動かしながら行動していく方が、早くゴールにたどり着けるでしょう。

作家のジュリア・キャメロンは、失われた創造性を回復させる手段として、朝起きて、とにかく頭に浮かんだことを3ページノートに書き続ける「モーニング・ページ」を進めています。

「モーニング・ページ」では、自分の将来やりたいことを書いてもいいですし、何も書くことがなければ「洗濯をしなきゃいけない。」、「明日までに経理処理をしなければいけない」などと書くだけでも良いのだと言います。

重要なことはとにかく手を動かし続けること。手を動かすことで「脳の排水」が行われ、頭の中がどんどん掃除されていき、いま本当にやりたいこと、やるべきことが分かってくるのです。



とにかく手を動かすことで、「脳の排水」を行っていく。

何か新しいものを生み出すためには、努力するという概念よりも、何かに対して夢中になるという概念の方が大切です。

夢中とは、まさに字の通り「夢の中」にいる状態のことを指します。

もし、夢中になることが見つけられなければ、何かに夢中になっている人の近くに行って、一緒に手を動かすことで、本人も少しずつ夢中になれるものを見つけられるようになっていくのでしょう。

頭の思考の整理のために、缶バッジ・マシーンを使って、手を動かしてみるのも良いのかもしれません。



参考書籍 :
■デイヴィッド・グッドハート『頭 手 心 偏った能力主義への挑戦と必要不可欠な 仕事の未来』実業之日本社、2022年
■佐宗邦威『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』クロスメディア・パブリッシング、2015年
■暦本純一『妄想する頭 思考する手』祥伝社、2021年