一般的に企業は、成功すればするほど、より大きく確実な利益を得るために専門性を強める傾向にあります。

新しい事業を始めるのにはリスクとコストが生じ、利益が保証されていないのに対して、自分たちが得意とする分野を深堀する方が、心理的にも楽で、より安定的な利益を獲得できる可能性が高いと考えるからなのでしょう。

特に職人気質が強い日本人は、「本業」という言葉が好きです。

しかし、IT企業のアップルが銀行をスタートし、ECサイトのアマゾンが一番利益を生み出しているのは、クラウドコンピューティングサービスのAWS、マクドナルドは外食産業ですが、実は積極的に土地を活用して利益を上げる「不動産」とも言われています。

日本人は、「本業」という言葉が大好き。

現在、テクノロジーの爆発的な進歩により、上手くやれば、本業以外の分野にも、どんどん事業を拡大させて、良い相乗効果を生み出せる時代になりつつあります。

島根県松江市で印鑑の製造販売を手掛ける永江印祥堂は、直径わずか1.2センチの印鑑に、87文字もの自己紹介を彫り、それをSNSで公開したところ、22万いいねがつき、大きな話題となりました。

また、少し前にも、160文字の円周率をハンコに彫って話題になりましたが、最近では、新しい試みとして寿限無のハンコの缶バッジを作成しました。

缶バッジには、この道20年以上のベテラン職人が掘った落語の「寿限無」がデザインされています。

ハンコ屋が缶バッジを販売する理由は、会社の彫刻技術が全国のどの印章店にも引けを取らないレベルであるにも関わらず、知名度が低かったことが背景にあるのだと言います。

SNSで話題になったハンコ (Xより)

ビジネスの世界には、「ピボット・ストラテジー」と言う言葉があります。

「ピボット」とは、「旋回軸」のことを差し、バスケットボールのボールを持ちながら片足を軸にして、次に進む方向を探す動きからきています。

ピボット・ストラテジーとは、次々と新しい方向に進んでいくのではなく、軸足(自社が得意する領域)を大切にしながら、もう一方の足で、新しい方向性を探るビジネス戦略です。

特に変化が速い現代においては、軸となる事業はしっかりと維持しながらも、常にもう片方の足で、新しい方向性を探り続けることが求められるのでしょう。

表現の分野において、親和性の高い缶バッジは、既存の事業の新しい顧客開拓という意味で、ピボット・ストラテジーと非常に相性が良いのかもしれません。

もう差別化できるのは、行動力だけ。


これまでの経済が右肩上がりに順調に成長していく成長社会では、単純に世の中の不満、不便を解消することがビジネスになっていきました。

しかし、成長社会から成熟社会にシフトすると、世の中の不満や不便はある程度解消され、サブスクリプションやシェアリングエコノミーを通じて、低コストながらも、誰もがそこそこ満足できる生活を送ることができます。

そういった意味で、現在は、低成長が当たり前の成熟社会の真っ只中にあり、顧客側に特に大きな不満や不便が存在しないため、顧客自身も、自分が本当に何を求めているかということが分かっていないのです。

顧客自体も何が欲しいかが分かっていない。

永江印祥堂のハンコや缶バッジにしても、顧客の方から、こういったものが欲しいなどと言った要望があったわけではありません。

コンピュータグラフィックスの先駆者、アラン・ケイは「視点を変えることは IQ 80点分の価値がある」と言いましたが、自分たちの強みの見方を変え、SNSなどを通じて、小さく始めながら、顧客の需要を探り当てる方法が、成熟社会では求められてくるのでしょう。

成熟社会で求められる発想は「儲かるか」という部分ではなく、その発想が「面白いか」という部分です。

どれだけお金をかけてリサーチをしても、顧客自身が何を欲しがっているか分からないため、世の中の潜在的なニーズを掴むことはできません。

まずは、ビジネス的な部分はあまり考えず、自分たちが面白いと思っているものを小さく世の中にリリースして、反応がよければ、そこからさらに踏み込んで、商品やサービスの精度をあげていく。

世の中にリリースして反応を探っていく。(Xより)

新しいことを実験するコストは、ITやAIの発達により、どんどん安くなっていますから、もはや差別化できるのは、行動力くらいなのかもしれません。

また、これまでの成長経済では、商品やサービスを求めている顧客が一番重視されましたが、成熟社会では、顧客よりも、世の中のニーズを実験しながら見つけ出す従業員を一番に考えるマインドにシフトしていくことが大切です。

イノベーションとは、今まで世の中に存在しなかったものを、急に魔法のように生み出すことではなく、既に存在するものを組み合わせることで生まれていきます。

歴史上最高のイノベーションとも言われるiPhoneでさえ、「電話」と「パソコン」の組み合わせであったことを考えれば、どの組み合わせによってイノベーションを起こせるかは、色々と実験していくしかありません。

どんな製品も既にある既存のものを組み合わせたもの。

ハンコと缶バッジという組み合わせは、通常では全く接点のないものですが、この意外性があったからこそ、SNS上では大きな反応があったのでしょう。

缶バッジは表現の手段としては幅広く、リアルな実物としての存在感があるため、アイディア一つでハンコのような面白い組み合わせを産むことができます。

ぜひ缶バッジ × ⚪️⚪️で、新しい市場を開拓してみて下さい。