ジャニーズ事務所のグループ「嵐」が活動を休止してから1年を迎えます。
実は、嵐のファンクラブ会員数は今なお増え続けており、ついに300万人を突破しました。
嵐が結成から20年を超え、活動休止を経てもなおファンを惹きつけるのには、そこでしか出会えないコミュニティがあるからではないでしょうか。
嵐のメンバーによる活動休止の発表の中でも、強調されていたのは「5人で嵐」。それは、1人欠けても新しいメンバーが追加されても嵐ではないという、それまで嵐がファンに向けて語ってきたことと同じメッセージでした。
「5人で嵐」には続きがあり、6人目の嵐として活動を支えてくれるファンやスタッフが数えられているのだそうです。
例えば、コンサートで使うペンライト一つを取っても、それぞれのメンバーの色を映し出すことができるようになっているため、ファンが好きなメンバーの色を選んで応援することもできますし、運営側が色を操作してコンサート会場を美しく演出することもできます。
ペンライトに限らず、コンサートに訪れるファンは自分の好きなメンバーの色を身につけていくというのが通例で、そうすることでコンサートは自然と、同じ色同士が仲良くなってコミュニティが活性化するイベントにもなっているのだそうです。
このように「自分たちがどのような人間なのか」を語り、その一部になりたいという人とつながっていくブランディングは、従来のような広告でイメージをつくるブランディングと異なり、かかる費用が少なくて済むことから「ゼロマーケティングダラー」と呼ばれたりもします。
缶バッジも、自分が何者であるかを語るブランディングに力を入れている活動において存在意義が高まり、その用途の需要においては経済活動の厳しいコロナ禍でも堅調に推移しています。
コロナ以降に私たちが気づいたのは、企業のイベントで大量に配布される缶バッジの注文と、アーティストなどの個人の方から寄せられる注文では動きが大きく異なることでした。
イベント関連の用途と違い、アーティストの方などからのご注文はコロナ禍においても減ることがなかったのです。
私たちは、自分を表現する活動においての缶バッジの意義を再認識することになりました。
そして現在、弊社ではアーティストの方々との活動を積極的に行っており、アーティストと缶バッジで表現することの楽しさを共有し、一人でも多くの「何かを語りたい」気持ちとつながりたいと思っています。
表現したいことを手助けできるように、缶バッジのデザインをアーティストがサポートする、アーティストとのコラボサービスも新しく始めました。
アーティストがデザインのサポートをする缶バッジサービスの一例として、千葉に拠点を置くアメリカン・ピットブルテリア(通称ピットブル)の保護活動のお話をご紹介したいと思います。
缶バッジに想いを込めて、海の向こうのコミュニティに会いに行く
もともと、こちらの活動は、Tシャツやキャップなどのグッズを販売してピットブルの保護団体に寄付を行うという取り組みでした。
そういったグッズのデザインを手がけていたのが弊社の缶バッジのデザインサポートを担当しているアーティストの方だったため、グッズの一つとして「缶バッジなんてどうですか」と、缶バッジが話題に上ったのだそうです。
活動を主宰されている方にとってその提案は、「あ、缶バッジ、昔カバンにつけてた!」とハッとするものだったといいます。
そういった懐かしい思い出からの愛着もあって、アーティストの方とデザインを相談しながら缶バッジを制作してみようということになりました。
こちらの保護活動の場合は、主催者の方がご自身で下書きをされたピットブルの絵などをもとにしてアーティストが編集デザインを施し、缶バッジにしています。
ピットブルの保護活動はアメリカが盛んですが、そうした文化の異なる国でレスキューに携わる人々を訪問するのにも、缶バッジを身につけていったおかげで一瞬で空気が和む場面があったそうです。
缶バッジで自分を語る楽しさに気づいて以降、保護活動を主宰されている方はお知り合いのミュージシャンなど「この人が缶バッジを作ったら周囲に影響を与えそうだな」という方々に声をかけておられ、これまでに数百の新しい缶バッジが生まれることとなりました。
かつての缶バッジは印刷物の延長線上にあり、私たちも印刷業界に専門に扱ってもらうものだと考えていたことを懐かしく思います。
今や印刷業界とは全く異なる分野の方々の経験をブログで伝え、缶バッジをつくる楽しさを発信していくうちに、私たちもより多くの人の表現の場として缶バッジを通じたつながりを増やしていくことを楽しむようになりました。
そして今、従来の既製品としての缶バッジのイメージさえも大きく変えられるのではないかというステージにまで来ています。
不況によって見えてきた「自分が何者であるか」
業界に新しい価値を与える先駆的企業として、衣料品やアウトドアグッズではパタゴニアが広く知られているのではないでしょうか。
創業当初からサーファーやクライマーが社員だったパタゴニアのブランディングは「自分たちがどういう人間であるかを人々に語る」というものでした。
そのため、雑誌媒体などを介す通常の広告費は、売上の1%という低さで維持しています。
クライミングツールを製造販売していたところから彼らが洋服を販売するとなった時も、ポーズをとったモデルの写真より、本物のクライマーが撮った「パタゴニアらしい瞬間」を募集し、それを掲載してきたそうです。
死と隣り合わせのクライミングなど、本物の冒険に対する敬意や興味がパタゴニアをコミュニティとして成長させ、フィールドレポートとして発行される自然の中での実際の体験をエッセイにして共有したりもしています。
そうして歩んできたパタゴニアからすれば、わざわざイメージを構築して架空のことを語るのはとても大変なことに見えるそうです。
パタゴニアの売上において興味深いのは、世の中が不況になって消費が保守的に傾くと、パタゴニアの売上は良くなるということです。
何を買うべきかを真面目に考える人が増えるからということですが、物事に慎重にならないといけないときほど、見た目のアピールよりも、自分が何者であるかを語っているブランドの方が信頼されて選ばれるのは当然のことでしょう。
缶バッジにおいても、ただ一般的に受け入れられやすいデザインよりも、想いが込められているものの方がが堅調なのは、景気が後退するとどんなに綺麗なメッキでも剥がれてしまうことの現れなのかもしれません。
これから個人情報の保護のため、データを売り買いしたり、サイト訪問者の行動を追いかけることが難しくなっていくといいます。
そうした中で、企業は商品の広告のためにインフルエンサーと契約したりもしていますが、消費者がすでにそれが見せかけであると気付き始めているのか、数年前のような効果が期待できなくなっているのだそうです。
人々が広告という一方的なコミュニケーションから離れていく一方で、缶バッジのような一緒に制作できたり、同じ志の人と仲良くなりやすい手段においては、その楽しさが広まり始めています。
それまでのアイドルに対するイメージを変えた嵐も、業界で異色の存在のパタゴニアも、例えば私たちの遺伝子が99%チンパンジーと同じように、もともとは特にほかと大きく変わっているわけではないはずです。
実際、パタゴニアの創業者であるイヴォン・シュイナード氏は、自分たちが他の企業と比べて変わり者だという意識はなく、もし何か違っているのだとしたら、それは社会や環境を変えたいとオーナーが願っているからだと話しています。
嵐もパタゴニアも、危機的な状況のときにメンバーで繰り返し自分たちが何者であるかを語り合い、それを明文化して伝えるということを大事にしてきました。
そうした「何者であるか」を追求して語り、混ざりたいと思う人々とつながっていくことがビジネスの本当の楽しみなのかもしれません。
季節で例えれば、コロナの規制や緊張が残る今は、まだ多くの活動において冬の時期なのかもしれません。
それは見方を変えれば、冬に深く根を張ったタンポポほど春に大きく美しい花を咲かせるように、それぞれがこれまでの活動を掘り下げて「何者であるか」を深める時間を与えられているのではないでしょうか。
アーティストとつくる缶バッジ制作が、いろいろなことを真面目に考えるようになった人々に「自分たちが何者であるか」を語る意義を目覚めさせ、大きく開花するきっかけになったらと願っています。
参考書籍 :
■射場 瞬「『嵐』に学ぶマーケティングの本質」、日経BP、2021年
■ARASHIウォッチャー編集部「嵐という生き方 ~1999年−2020年までのキセキ~」、辰巳出版、2020年
■イヴォン・シュイナード、井口 耕二「新版 社員をサーフィンに行かせよう――パタゴニア経営のすべて」ダイヤモンド社、2017年