よく「日本語は、世界一難しい言語だ」と言われます。
確かに、私たちは主語を省いたり、決定的な言い方を避けたり、語られていない文脈や空気を読んだりしながら、わかる人にしかわからないとも言える会話をしています。
そうした言語文化が、英語などの他の言語に見られるような、直接的で誰にでもわかりやすい表現をする文化と真逆であることが「日本語の難しさ」に影響しているという見方もあります。
実際、世界において日本は、その技術力の高さ、品質の高さで知られていますが「伝わりやすさ」「わかりやすさ」という点においては遅れていると見られがちです。
世界基準に匹敵するサービスや製品があったとしても、日本固有の伝え方で伝えようとしてうまくいかない結果になっているとしたら、缶バッジがこの「わかりやすさ」の問題を解決する助けになるかもしれません。
レッドブルが缶1本から生み出す圧倒的な「精神的付加価値」
例えば、日本でスーパーに行くと、その棚に馴染んだ隣り合う商品が似たようなパッケージで、他と少し違う特徴や原材料の説明が書かれて売られています。
そうした商品がきちんと理解されるのは、暮らしの経験による部分も大きく、実際、日本で大ヒットしている商品が外国でどうかというと、大都市の日本食材店以外で見かけることはほとんどありません。
ところがその一方では、並み居る競合の中で特に変わった成分でもないのに、日本も含め世界中の街の店頭に並び、ファンを生み出しているものもあります。
例えば、世界171ヶ国で販売されているRed Bullは、世界のエナジードリンク市場で43%のシェアを占め、2020年に売れた缶の数は79億と、世界人口の数までも上回っています。
実のところ、このRed Bullが生まれるアイデアとなった商品は日本の大正製薬のエナジードリンク、リボビタンDだった、という事実はあまり知られていないでしょう。
原材料で特段ユニークだったわけではないRed Bullにおいて、消費者の心を動かしているものは何かというと、そのイメージやメッセージだといっても過言ではありません。
Red Bullの機能には、エナジードリンクにありがちな「疲れがとれます」「眠気を解消します」という文言はなく「あなたが必要なときに翼をさずけます」と説明されています。
「翼をさずける」というRed Bullのメッセージは、それまでのエナジードリンクとは真逆の方向を向いた言葉だったと言ってもいいでしょう。
というのも「これを飲めば疲れがとれます」と言われれば、それを飲む人は“疲れている人”というイメージになりますが、Red Bullはそれを「これを飲む人に翼をさずけます」と伝え、それを飲む人に“翼を手に入れたい人”というイメージを与えたのです。
そこに賛同した多くのスポーツ選手やセレブリティが、Red Bull片手に記者会見を受け、街を歩き、Red Bullをそばに置いておくようになったことで、彼らを介してRed Bullはさらにファンを増やすこととなりました。
Red Bullに惹かれる人々は、従来のネガティブな印象を持つエナジードリンクの一つとしてRed Bullを捉えていないので、たとえ同じような原材料だとしても、他の商品と比べてRed Bullを購入しているわけではありません。
商品やサービスを通じて得ることのできるこうした価値は「精神的付加価値」とか「情緒的付加価値」と呼ばれ、そのイメージによって他のモノやサービスにない価値を生み出します。
私たちの身近でも精神的、情緒的な付加価値を伝えるツールとして缶バッジを用いたイメージ戦略を行う企業が増えています。
1000種以上の缶バッジで、ファンの「精神的付加価値」を満たす広島カープ
「カープ女子」という言葉も生まれて幅広いファンを抱えて盛り上がる広島カープは、缶バッジを駆使してファンへの精神的付加価値を高めている企業の一つです。
立ったり座ったりしてウェーブをつくる「スクワット応援」など、一体感を生み出す応援が楽しい広島カープですが、そのチャンステーマで有名な「わっしょい」の掛け声も缶バッジになっています。
選手のサインや背番号はもちろん、キラキラ仕様の缶バッジやポップなキャラクターバッジ、歴代伝説の選手の顔写真バッジなどデザインの数は軽く1,000種を突破。
これだけあれば子どもからお年寄りまでどんな世代においても、それぞれがチームにかけるファン魂を満たせる缶バッジが見つかりそうです。
広島カープでは、缶バッジ専用のウェブサイトを設け、缶バッジを収集するためのコレクションボックスを販売しているほか、広島や東京の小売店・飲食店に缶バッジガチャガチャを設置しています。
こうして、人々が缶バッジに出会う機会を高め、従来の野球の持つスポーツ色の強いイメージにこだわらない、ワイワイ楽しい広島カープのイメージを広めています。
「豪華」の価値は下がっている。親しみやすい缶バッジで「心地よさ」を伝える
こうまでしてなぜ企業がわかりやすいイメージやメッセージで人々の心を動かしたいと思うのか、それは私たちの消費に対する価値観が「豪華であること」「一番であること」といったところから離れてきているという事情があります。
世界50カ国を対象に行った調査によると、人々の消費行動において昨今、「共感」「心地よさ」が消費を左右するポイントになってきているそうです。
言い換えれば、以前は当たり前だった「自家用車」や「マイホーム」に心惹かれる度合いが減った分、持ち歩くことで自分が快い気持ちになるようなドリンクや缶バッジに、私たちは価値を感じるようになっているのです。
技術の進歩が著しい世界中の企業と競争する今日のビジネスにおいて「モノがよければ…」という品質へのこだわりが仇となる経験をもう繰り返してはいけません。
むしろ、ちょっと嫌なことがあった時、それを見たり触ったりするだけで少し元気が出るような、精神的・情緒的な価値はまだまだ発展途中で、どんな国や文化の人にも求められています。
そもそも、日々心を支えられるような缶バッジの存在価値は、モノそのものの品質とは別で、買ったその時点からどんどん古くなっていくものではありません。
思えば、昔よりもはるかに多くの自由を得て、私たちはモノを選ぶことよりも自分がどうありたいのか、といったことに悩まされることが多くなっている気がします。
缶バッジでイメージをわかりやすく伝え、一人でも多くの人の新しい自分を見つける助けとなり、そして日本に潜むわかりにくいイメージをも一新できたらと思います。
参考書籍
ヴォルフガング ヒュアヴェーガー (著)、長谷川 圭、楠木 建「レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか」日経BP、2013年
小山田育、渡邊デルーカ瞳「ニューヨークのアートディレクターがいま、日本のビジネスリーダーに伝えたいこと」クロスメディア・パブリッシング(インプレス)、2019年