イラストやマンガといった作品をデジタルツールを使って制作し、ソーシャルメディアでそれらを披露して評価を受けるというシステムが確立したことによって、誰でも簡単に「クリエイター」と名乗ることができるようになりました。
しかし誰でもクリエイターになれるということは、裏を返せば、供給過多になることで競争が激化し、クリエイターとして生き残るハードルが高くなったことも意味します。
単にクリエイターと名乗るだけではもう生き残ることができない時代において、「クリエイティブスキル×提案力」で新たな付加価値を生み出すクリエイターを育成し、業界に送り出しているのが、東京・新宿にキャンパスを構える宝塚大学です。
そこで今回は宝塚大学入試課の金澤英樹さんと、同大学の卒業生で現在は助手としてクリエイター育成に携わっている和田歩美さんと中里智美さんにお話を伺いました。
もう一方的な宣伝はやめて、お客さんと一対一で対話しよう。似顔絵缶バッジが対話する機会と時間を生み出す。
「そこそこ絵を描ける人はたくさんいるけれど、描いた後、『じゃあその絵を使って何ができるのか?』を考えられる人は実は少ないんです。そこを考えられないと、せっかく絵が描けてもそれを仕事にするのは難しくなってきます」
こう話すのは、助手の和田さんです。
芸術系大学として、そうした現実に対して危機感を感じている宝塚大学では、マンガやイラストなどのクリエイティブスキルに、提案力や企画力をかけ合わせることによって、新しい付加価値を生み出せるクリエイターの育成を重視してきました。
特に、産官学連携事業を通じて、各地で行われるイベントに出展するなど大学の外部との接触に力を入れており、まずはコミュニケーション力を身につけ、そこから徐々に提案・企画の力を養ったと卒業生でもある二人は話します。
「イベントに出展してお客さんの似顔絵を描いてそれを缶バッジにするんです。その中には高齢の女性もいらっしゃって、私たちはご本人の顔の特徴を捉えつつも、極力キレイに描くんです」
「すると、大抵の場合『私こんなに若くないわよ!』とツッコミが入るんですね。最初はちょっと動揺してしまうんですけど、回を重ねると慣れてきて『いやあ、お客さんの20年前の姿を想像しながら描いたんですよ!(笑)』といった具合に、気の利いた返しができるようになってくるんです』
「そうやって気の利いたコミュニケーションができるようになってくると色んなタイプの方と関係を築けるようになります。例えば、ゴールデン街のイベントに出店した時には、ボトルキープに使うネームプレートの代わりに、似顔絵の缶バッジを作ったりもしました」
イベントでお客さんの似顔絵を描く学生たちの様子。絵が完成したら、缶バッジマシンを使って、その場で缶バッジにする(写真提供:宝塚大学)
こうした大学外での活動を通して培った提案力を活かして、宝塚大学の学生は缶バッジを使ってちょっと変わったプロモーションを考案しました。
宝塚大学ではイベントなどの際に、似顔絵缶バッジを実施していますが、ただ単に作品を展示するだけでは「私たちは絵が上手いですよ」と一方的に押し付けるだけで何も生まれないのだそうです。
ところが、絵と缶バッジを組み合わせることで、一方的なコミュニケーションが、双方的なコミュニケーションに変化すると中里さんは次のように話します。
「お客さんの似顔絵を描いて缶バッジにしてプレゼントするというアイデアを思いついたんです。似顔絵を描いている数分間の間は、お客さんと一対一でコミュニケーションができる絶好の機会なんです」
「『どこから来たんですか?』とか『好きなマンガはなんですか?』と会話をして、お客さんとの会話に合わせて缶バッジのデザインを変えたりします。そうやって仲良くなると、学生たちや大学のことを自然に理解してくれるようになります」
「それに缶バッジはイベントと相性が良いんです。例えば、色紙に似顔絵を描くという案もあったんですけど、色紙は大きいから受け取ったらカバンにしまってしまいますよね。でも、缶バッジなら服とかカバンにつけるので『それ何?』って話題になって友達を連れてきたりしてくれるんです」
次の時代に求められるクリエイターは作品を作った上で、その先の「使い道」まで提案する
今回お話を伺った和田さんの作品。和田さんの作品は、下駄の販売会社の擬人化キャラクターとして活用されている。
このように大学の内外での接触機会を増やすことによって、提案力を身につけた学生たちは次々と面白いアイデアを考案するようになる訳ですが、ここまで提案力に力を入れる理由の背景には、クリエイターが求められる分野が広くなってきたことにあると中里さんは考えています。
「例えば、これまでマンガ家が輝ける場所って漫画雑誌の連載くらいしかなかったんですね。でも、今ってパチンコ屋さんに行くと『北斗の拳』とか『カイジ』といった、マンガをテーマにしたゲームがたくさんありますよね。これってクリエイターの立場からすれば、ものすごいことなんです」
「昔のパチンコはどれも同じような機械ばかりでした。でも、マンガとは全く関係ない業界にマンガが取り入れられることによって、その業界も盛り上がるし、クリエイターたちもこれまでとは違う層に自分たちの活動を知ってもらえる」
「でも、全く関係ない分野にマンガを使おうなんてアイデアはなかなか出てこないじゃないですか。それに、仮に出てきてもそれを提案する力がなければ形にすることはできない。だから、これからのクリエイターにとって、企画力と提案力は重要な武器になると思っているんです」
宝塚大学内にて。宝塚大学では、『銀河鉄道999』の作者である松本零士氏を始めとした、著名なマンガ家が教鞭をとる
中里さんがそう話すと、和田さんも続けてこう話します。
「独立したクリエイターに提案力が必要なのはもちろんですが、大学卒業後に企業に就職する学生にも企画力や提案力は武器になると思っているんです」
「芸術系大学の学生は『私はこんなことができます』とアピールするために、自分の作品集を作って就活に臨みます。でも、大きな絵を面接会場に持って行くわけにはいかないので、普通の学生さんはポートフォリオを持っていくんです」
「でも、本学の学生はポートフォリオに加えて、自分の絵を缶バッジにして面接会場に持っていくこともできます。缶バッジだったらポケットに入れていけるし、面接官も実際にモノがあるとイメージしやすいです。面接も提案・企画のうちですから、そこまで考えられると他の学生と差別化ができるんです」
パチンコ産業でマンガが取り入れられるようになったように、これからの時代、私たちが考えもしなかった様々な分野で、マンガやアニメといった日本の「ソフトパワー」が存在感を増してくることは間違いないはずです。
そういった意味において、作品を制作するだけでなく、最終的にお客さんの手元に届くところまで“想像”して“創造”できる学生を育成する宝塚大学の活躍に今後も目が離せません。