戦後、各都道府県に動物園が設置された日本には現在、全国各地に91もの動物園が運営されています。
一般的に動物園は各都道府県の県庁所在地に設置されているのですが、福岡県南部にある大牟田市という街にも79年という長い歴史を持つ 大牟田市動物園 があり、県庁所在地以外にある動物園としてはもっとも歴史の長い動物園の一つでもあります。
そんな大牟田市動物園は「動物福祉」の普及を目的とした一風変わった動物園なのですが、動物園運営の中で缶バッジが活用されているのだそうです。
そこで今回は大牟田市動物園の冨澤さんに詳しくお話を伺いました。
動物愛護と動物福祉は違う「人間の感情ベースではなく、データに基づき検証を行いながら動物と向き合う」
バッジマンネット:
日本全国には約90箇所の動物園があると聞いています。それぞれの動物園で特徴がある中、大牟田市動物園さんでは動物福祉の普及に力を入れているとお聞きしました。動物福祉とは一体どのようなものなのでしょうか?
冨澤:
動物福祉とは動物が心身ともに幸せに暮らしていけることを指します。そのために当園ではさまざまな取り組みを行っています。例えば、その一環として麻酔をかけずに動物の採血、検温、血圧測定などを行う「ハズバンダリートレーニング」と呼ばれるものがあります。
一般的に動物の体に触れるこうした業務は動物に麻酔をかけないとなかなか難しいんですね。でも、麻酔ってすごくリスクが高いんです。人間のようにそれぞれの種ごとに医療が発展しているわけではないので、ちょっとした麻酔量の違いで麻酔が効きすぎる動物もいます。個体差もあるため、麻酔から目覚めずにそのまま亡くなってしまうこともあり得るんです。
麻酔から目覚めることができたとしても、起き上がろうとして転んでしまい、足にダメージを負うこともあります。足がダメになることは、自律的に食事をとることができないことにも繋がり、動物にとっては死に直結してしまうことです。ですから、麻酔を使わなくても採血や体重測定ができるよう動物に協力してもらう。それがハズバンダリートレーニングです。
バッジマンネット:
動物の意思を尊重するあり方を動物福祉と呼んでいるのですね。お話を伺っていると、動物愛護と似ているという印象を受けましたが、動物福祉と動物愛護は同じようなものだと考えて良いのでしょうか?
冨澤:
よく混同されますが、全く異なるものです。愛護と言うのは、人間が一方的に「かわいそう」と思ったり、遊具で遊んでいる様子を見て「楽しんでいる」と解釈したりすることです。でももしかしたら動物は、一人でいることを楽だと感じているかもしれませんし、一見遊具で遊んでいるように見えていても、実はその遊具を「邪魔」だと思っているかもしれない。
彼らのことを理解するには、行動や飼育環境の分析が必要です。つまり、人間が主観的にどう感じるかが動物愛護であり、我々の取り組みが本当に効果的なのかをデータを用いて検証しながら実施をしていくことが動物福祉の取り組みなのです。
バッジマンネット:
その意味では動物愛護と動物福祉は似て非なるものですね。動物福祉の普及に力を入れている大牟田市動物園さんでは、どのように缶バッジを活用しているのでしょうか?
配布する缶バッジは、動物福祉という価値観に対する共感の証
冨澤:
当園では様々な缶バッジの使い方をしていますが、その一つがサポーターの方々への缶バッジプレゼントです。
当園では一定の金額を寄付していただいたサポーターの方に年間パスポートを発行したり、サポーターの方を対象としたイベントを開催したりしています。
イベントにご参加くださったサポーターの方には、その日限定の缶バッジを配布しています。イベントの間は胸に缶バッジを付けていただくことで、どなたがサポーターの方なのかを分かりやすくすることにもなります。
バッジマンネット:
他にはどのような活用方法があるのでしょうか?
冨澤:
他には募金活動で缶バッジを活用しています。国際キリンデー、国際レッサーパンダデー、国際ナマケモノデーなど絶滅危惧種について考える動物種の記念日があるのですが、それぞれのスペシャルイベントにおいて募金にご協力をしてくださった方に缶バッジをプレゼントしています。
「この缶バッジはその日しかプレゼントしません」と事前にお伝えしているので、全種類をコンプリートされたいお客様から多額の募金をいただくことも少なくありません。頂いた募金は現地の絶滅危惧種の保全団体に全額を寄付しています。こうすることで、生息地とお客様を繋げるという動物園の役割を果たすこともできます。
バッジマンネット:
動物園への寄付や保全団体への募金活動は、大牟田市動物園さんの「動物福祉」の考え方と何か繋がりがあるのでしょうか?
冨澤:
はい、当園では「将来的に野生に帰るかもしれない」という意識を持って、動物の意思を尊重した飼育をしています。
現在飼育している動物の子孫は、もしかしたら野生に帰ることがあるかもしれません。野生下の環境と飼育下の環境は異なる部分が少なくありません。狩りができないとか大きな肉を自分でかみちぎって食べることができないライオンを飼育していても、見た目はライオンですが、野生で生きていくのは非常に難しいでしょう。
動物園であれば与えられた餌を見つけて、口に入れ、飲み込むだけですが、野生下では歩き回って、獲物を見つけて捕獲して、皮をはいで、骨を砕いてと口に入れるまでにいくつもの過程があります。大きなお肉を予算で購入するのは難しいので、お客様からの募金で実施しています。
バッジマンネット:
具体的にはどのような取り組みをされているのでしょう?
冨澤:
お客様から頂いた募金で枝肉(牛の肋骨と周辺の肉)を購入させていただいている他、害獣として駆除されたイノシシ(屠体)を購入しています。
動物園の動物たちに与えている屠体は、人用のジビエよりも長い時間をかけて行われる低温殺菌処理がされているので値段が高く、我々の予算では賄えません。お客様からの募金があって初めてこうした取り組みを行うことができます。
バッジマンネット:
大牟田市動物園さんの取り組みに賛同した方へのプレゼントに缶バッジをお使いいただいているのですね。ちなみに、缶バッジを運用する上で工夫している点があれば教えていただきたいです。
広報ツールであり、インナーツールでもある大牟田市動物園の缶バッジ
冨澤:
実は当園では、バッジマンネットさんから購入させていただいている缶バッジは販売用には使用していません。物販ではキーホルダーとマグネットを使っていて、缶バッジは「お客様と生息地を繋げる」「動物福祉の考え方に賛同してくださる方と繋がる」と言う目的で使うことで、その価値を高めています。実際にこれは成功していて募金の成果も上がっています。
バッジマンネット:
「あえて売らない」と言う視点は非常に興味深いですね。制作の部分でも何か工夫している点があるのでしょうか?
冨澤:
配布している缶バッジは、毎年デザインが異なります。職員が撮影した写真を缶バッジのデザインに採用しています。また物販のキーホルダーとマグネットは、そのほとんどが一点ものとしてお客様から大変人気です。
バッジマンネット:
缶バッジ制作の専属スタッフがいるわけではなくて、飼育員の皆様で撮影をしているのですね?
冨澤:
はい、当園は古い動物園なのでケージ型の施設が多いのです。ですので、お客様がご自身で写真を撮られる際に、ケージが邪魔をしてしまうことも少なくありません。そのため「飼育員だからこそ撮れる写真」を意識して、普段は見られない動物の姿を映した写真を選ぶよう意識しています。
バッジマンネット:
普段は見られない動物の姿を収める…きっと大牟田市動物園さんが作る缶バッジが人気な理由はそこにあるのでしょうね。
冨澤:
実は飼育員の目線で写真を撮ることは、お客様に喜んでいただけるだけでなく、飼育員のモチベーション向上にもつながっているんです。自分が撮った写真が缶バッジになってお客様の手元に届くと言うのは大きな喜びです。
写真は飼育員が業務の合間にスマホやカメラで撮影しているのですが、お客様の手元に届くことを考えてとると、普段よりも動物のことを注視するようになりますし、インナーツールとしても機能していると思います。
バッジマンネット:
ありがとうございます。最後に、コロナ禍で大変な時期ですが、大牟田市動物園さんでコロナ時代における新しい取り組みなどございましたら、ご紹介させてください。
冨澤:
実は6月からオンラインで動物園を楽しんでもらえるサービスを始めました。Zoomを使いながら、遠くに住む親戚の方やカップルで一緒に動物園散策がオンラインでできる「どうぶつえん ひとりじめ」というサービスです。
なかなか外出が難しい時期等にご利用いただければ幸いです。動物たちの魅力が多くの方の癒しや活力の源となるよう、これからもさまざまな形で情報をお届けできればと思います。