磐梯朝日国立公園の美しい自然と、会津地方の名所・史跡を堪能できる福島県屈指の観光地である会津・磐梯エリアに建設された「諸橋近代美術館」
ゼビオ株式会社の創設者である諸橋廷蔵が個人的に収集した美術品を自身で設立した財団に寄贈し、1999年に故郷である福島県に開館しました。
コロナ禍では、Nintendo Switchの人気ゲーム『あつまれ どうぶつの森』へのデザイン公開や学校団体限定のZoomによる鑑賞教室を開催し、注目を集めています。
今回は、諸橋近代美術館で高校生以下を対象に無料で行われている「缶バッジ」を使ったイベントの内容やその目的について「美術館のあり方」という視点から、主任学芸員の佐藤芳哉さんにお話を伺いました。
「モノ」が残ると体験は鮮明に蘇る。缶バッジを見るたびに「また行きたいな」子供達がそう思ってくれたら嬉しい。
バッジマンネット:
あらゆる業界で新型コロナウイルスによる影響があるようですが、美術館では目立った変化などはありましたか?
佐藤 :
コロナ禍では、館内が密にならないように、入場制限を行ってきました。コロナ禍以前は月に一度の「会話を自由に楽しめる日」を設けて、幼い子供達が騒いでも大丈夫な日を設けていましたが、飛沫防止の観点から現在は中止しています。
コロナ前は「美術教育普及」の一環として、出張講座やワークショップ、地域でのイベントを精力的に行ってきましたが、コロナ禍では、人との接触は控えなければいけません。
そこで、Nintendo Switch「あつまれ どうぶつの森」へのデザイン公開、学校団体限定のZoomによる鑑賞教室、中学生の職場体験では生徒と一緒にYouTube動画を作るなど、新たな活動を展開しています。缶バッジのイベントもその一環として行っています。
バッジマンネット:
「缶バッジ」によるイベントは佐藤さんのアイデアなのですか?
佐藤 :
私は学生時代、東京の国立美術館でインターンをしていたのですが、そこで展示されている絵のプリントを切り抜いて缶バッジを作るイベントを行っていたのがヒントになりました。
展示室内入口に缶バッジが入った「ガチャガチャ」を設置し、出てきた缶バッジには絵画の一部がプリントされています。それをヒントに、どの作品かを探し当てるというイベントを行っています。紙に印刷された選択肢から子供達が指差しで回答を選び、正解すると記念品がもらえます。接触機会を極力減らすことで感染症対策も徹底したイベントになっています。
バッジマンネット:
缶バッジイベントの狙いはどのようなものですか?マーケティング効果などもあるのでしょうか。
佐藤 :
出張ワークショップで缶バッジを作る場合にはマーケティング効果も期待しますが、このイベントでは「どうすれば子供達が美術館を楽しめるか」をメインに考えています。
子供達は、せっかく親御さんに美術館に連れてきてもらっても、すぐに退屈して飽きてしまうことが多かったりします。
でも「缶バッジ」のイベントでは、細かいところまで一生懸命に目を凝らして絵を見なければ問題が解けません。自然に絵を見る集中力が養われます。そこで「美術館って楽しいな」と感じるきっかけになればと思っています。
佐藤:
カプセルは回収しますが、缶バッジは子供達が家に持って帰ることができます。「モノ」が残ると、体験って鮮明に甦りますよね。缶バッジを見るたびに「美術館楽しかったな。また、行きたいな」って思ってもらえたら嬉しいです。
そういった意味では、缶バッジのクオリティにもこだわっています。以前は、外国製の他の会社の缶バッジでしたが、御社の製品は安全で質が高いので子供にも安心してお渡しできます。
美術館は「社会教育施設」であり、大人だけのものではない。
バッジマンネット:
先ほど、コロナ前は、月に一度「会話を自由に楽しめる日」を設けているとお伺いしましたが、それは幼い頃から美術館に親しみ「未来の来館者」を作るためなのでしょうか。
佐藤:
もちろんそれもあります。でも、それ以上に、もっと気軽に美術館に足を運んでほしいという想いがあります。
ワークショップを通じて、幼いお子さんの親御さんとお話しする機会があるのですが「美術館が大好きで通っていたけれど、今は子供が騒いで迷惑をかけるから足が遠のいている」という方がかなり多くいらっしゃいます。
日本には「子供はうるさいから美術館には連れていけない」というステレオタイプがあるのではないでしょうか。
明治期より築き挙げられてきた美術館・博物館のイメージが権威主義的な「美の殿堂」であることが、そうさせているのかもしれません。
でも、海外では動物園や映画館と同じように、子供達が美術館を訪れる文化が根付いています。美術館は「社会教育施設」であり、大人だけのものではありません。
芸術を鑑賞することは心の安らぎにもつながりますし、美術館は「最も手軽に行ける非日常」。日常の中に溢れる素晴らしい世界への気づきをもたらす素晴らしい場所でもあります。それを子供達に体験してもらいたいという想いがあります。
バッジマンネット:
弊社のお客様でもある世田谷美術館さんでも、小学生を美術館に招待したり、諸橋美術館さんと同じように、缶バッジのワークショップを行っております。工夫次第で、美術館もどんどんオープンになっていきますね。
佐藤:
「子供は美術館に入りづらい」という美術館の敷居を下げて、子供達にとって日常的な場所にするという世田谷区の取組みは素晴らしいと思います。
世田谷美術館は「日常と美術」をテーマに、日常と美術の関わりあいの基盤ともなり得る幼少期の体験を、どれだけ豊かなものにできるかを考えながら活動を展開されているそうです。
キッズイベントに参加するために美術館を訪れる子供達もたくさんいるそうです。「とにかく美術館に足を運ぶ」それが大切な一歩だと思います。
これからのビジネスパーソンはアイデアを探しに、美術館へ行く。
バッジマンネット:
最近はビジネスにおいてもアートの大切さが注目されていますが、諸橋近代美術館で取り組まれていることはありますか?
佐藤:
実はコロナ禍で流れてしまったのですが、地元企業の新入社員研修や首都圏のビジネスマンを対象とした研修の企画がありました。
雄大な自然のなかで美術品を鑑賞することで気持ちを安定させ、互いの意見を交換し合うことで協調性を養うことを目的としています。
さらに、株式会社ライプニッツ代表山口周氏の「日常の中にある素晴らしいものを見つける」という言葉にあるように、アートに触れ、今までは見逃していた小さな感動に気づくことで、新たなアイデアが湧き、それがビジネスに生かされるという効果があるのかもしれません。
バッジマンネット:
実際、私もそうなのですが、美術館に行った時に、どういったポイントで芸術を観賞すれば良いのかが分からない時があります。何か観賞するにあたって、気をつけることやポイントなどはあるのでしょうか?
佐藤:
アートの楽しみ方は個人の自由です。でも一方で、自由という言葉は無責任でもあります。その無責任さを解消し、どのような観点から楽しめば良いか分からない方に対して、時代背景、人物、色彩などの道筋を示すのが私たち「学芸員」の仕事だと思っています。
美術館では、正直に自分の感情と向き合ってほしいです。例えば、世界的に有名な美術作品なのに「つまらない」と感じたり、無名な作品でも「何だか凄い」と抑えきれない興奮を覚えることはあるものです。
その時に「どうして自分はそう感じるのかな」という問いから逃げないで徹底的に向き合ってほしいです。もしかしたら、作品が描かれた時代背景や作者の生き様にヒントが隠されているかもしれません。
「びっくりするには力がいる」という言葉を以前に博物館関係者から聞いてハッとしたことがあります。作品に限らず、日常の何気ないことに驚くことができるかどうかは、普段からの訓練が実は必要なんです。
些細なことに驚いたり、感動できるようになると、様々なことを楽しめるようになります。それが「アート思考」やビジネスに繋がるのではないでしょうか。
今はコロナ禍で、首都圏など遠方にお住いの方は諸橋近代美術館に気軽に訪れるのは難しい状況が続いています。
でも、子供達が缶バッジを眺めて、美術館での楽しい経験を思い出し「やっぱり美術館に行きたいな」と、当館ではなくとも近所の美術館に足を運んでくれたら、こんなに嬉しいことはありません。
この缶バッジが子供達と美術館をつなぐ架け橋となり、アートをより身近に楽しむきっかけになってくれたらと願っています。