創業100周年を迎える博進堂は、大正10年に新潟市旭町で誕生し「卒業アルバム」のパイオニアとして業界を牽引してきました。
年間3000校を超える「卒業アルバム」製作だけでなく、カタログや広告などの印刷物に加えて、アーティストの写真集、大人気の自社プロダクト「ぴぃくらぶカレンダー」の作成、中小企業中堅社員実修所「点塾」の運営や社員教育に関する書籍の販売など業務は多岐に渡ります。
デジタル化が進む現代社会において、印刷といえば大量生産のイメージがありますが、博進堂では、記憶に残るもの、捨てられない価値ある作品を世に送り出すことを大切にしています。
企業の平均寿命は一般的に30年といわれていますが、博進堂は、太平洋戦争、新潟県中越地震、そして今回の新型コロナウイルス、デジタル化など数々の荒波を乗り越え変革し続けてきました。
今回は、100年を超えて今なお躍進を続ける企業のあり方や考え方、缶バッジを導入するきっかけとなった「Open Art FACTORY」について詳しくお話をお伺いします。
記念缶バッジに刻まれているのは「博進堂の歴史と社員の青春」
バッジマンネット:
創業100周年という節目を迎えられました博進堂さんですが、缶バッジをどのように活用されているのですか?
長井:
弊社では、4年前から「Open Art FACTORY」を開催し、地域の皆様、お客様にご来社いただいております。
「Open Art FACTORY」は会社の文化祭のような位置付けで、地元企業による展示、工場見学やモノづくり体験などを行っています。
昨年はコロナ禍で中止になりましたが、今年も9月27日から1ヶ月間に渡って行われ、100名を超えるご来場がありました。
「Open Art FACTORY」にご来場された方への記念品として、「ぴぃくらぶカレンダー」のキャラクターを進呈し、デザイナーやイラストレーターの社員作品や書などの缶バッジを販売しました。
バッジマンネット:
日本で業歴100年を超える「老舗企業」は3%以下というデータもあります。長い歴史のなかで今回のコロナ禍やデジタル化の影響など多くの危機や転換期を乗り越えてのことだと思います。現在に至るまでの軌跡について教えてください。
長井:
創業当時は、手刷りのコロタイプの印刷機を使っていました。職人達は工場に住み込みで印刷を行なっていたそうです。
その後、「卒業アルバムの近代化」が弊社の大きな転換期となりました。当時の卒業アルバムは紐がついた横閉じで、デザイン性などは重視されていませんでした。しかし、そこに価値の高い芸術性と機能性を与えることで市場が大きく拡大しました。
バッジマンネット:
私たちが手にしている卒業アルバムは博進堂さんの手によって誕生したのですね。企業として革新を続ける秘訣などあれば教えて下さい。
長井:
弊社は、創業から現在に至るまで、常に最新の機械を導入し、最前線の技術や取り組みを続けています。
卒業アルバムの品質を向上させるために、印刷する私たちだけでなく、写真を撮影するカメラマンの技術もアップデートしていく必要があります。
ですから、弊社では40年前から、お客様である写真館様の卒業アルバム制作が一段落する2月に毎年勉強会を行なっています。
デジタル化への対応も業界内では最速で着手し、カラーマネジメントをはじめ、品質を向上できるカメラ技術に関する講習なども進めデータ入力からDTP編集、出力(印刷)までフルデジタルシステムを構築しています。
「100年経っても、常に新しい会社」アートを愛する社員の缶バッジ愛が止まらない。
バッジマンネット:
100年間、絶えず業界の最前線を走り続けてこられたのですね。技術や経営戦略だけでなく、社風も大きく影響すると思いますが、企業文化について教えてください。
山下:
私は中途採用で入社して3年目になります。弊社を一言で表現すると「100年経っているけれど、とにかく、常に全てが新しい」です。最新の技術だけでなく、私のような入社間もない新人を大喜びで面白がって受け入れてくれる懐の深い会社です。
採用面接でも、私の人間性や個性をしっかりと理解しようという情熱が伝わってきました。面接用に持ち込んだ製作物は「よく思い付いたね」「君はすごいね」と絶賛の嵐で、「これはどうなっているの」と細かく質問され夢中で説明したのを覚えています。
バッジマンネット:
資格や技術、社風に合うかではなく、人間性や個性もきちんと理解しようという姿勢は素晴らしいですね。山下さんは語学業界という異業種からの転職とお伺いしていますが、実際に仕事をされていかがですか?
山下:
入社後も上司から怒られたことなど皆無で、指示や命令されることすらありません。もちろん、相談にはのってくれますが「どうすればいいか一緒に考えてみようね」というスタンスで、私の意思を尊重し、仕事は自主的に進めています。
長く社会人として様々な会社を見てきましたが「こんな会社が世の中にあったのか」と大きな衝撃を受けました。
バッジマンネット:
最新の技術だけでなく、新しい人を歓迎し信頼して仕事を任せてくれる社風はとっても素敵ですね。山下さんは広報で缶バッジの導入を担当されましたが、社内でのみなさんの反応はいかがですか?
山下:
100周年記念ということで、お客様から先に作成して頂く予定でしたが、社内で試作していると「自分も作ってみたい」「缶バッジについて教えて欲しい」と社員が興味津々で集まってきました。
そこで、昨日「缶バッジアートへのお誘い」という題名で「社員は1人1個まで無料で作成できます。ぜひ作りに来てください。」という内容のメールを一斉送信したのですが、用事を済ませようと離席するたびに「缶バッジのことなんだけれど」と今まで話をしたことが全くない社員の方々からも何度も呼び止められました。コミュニケーションツールになっています。
博進堂の社員は、写真や絵画などフィールドは違っても、アートへの情熱を持った人ばかりなので、缶バッジに魅力を感じるようです。缶バッジを通じて、会話の輪が広がり、趣味やアートの嗜好を知ることができたのは嬉しいサプライズでした。
長く会社を維持する上で大切なのは「豊かな個性」同じような人間ばかりでは進歩がない。
バッジマンネット:
山下さんはじめ社員のみなさんが存分に個性を発揮されているのが伝わってきます。長く会社を維持するためには、どのような基準で採用をされているのですか?
長井:
山下の話でも分かる通り、採用には明確な基準はありません。同じような人ばかりでは会社は進歩しませんから「個性」を重視しています。
新卒採用は、応募された学生さんと役員がワークショップに取り組みながら過ごします。ゆっくりと時間をかけて、それぞれの学生の人間性など個性をみるように心がけています。
堅田:
「個性を刷る」という創業者の言葉通り、豊かな人間性と個性を重視しています。弊社には障害をお持ちの方も多く在籍されていますが、法定雇用率を意識して採用を行ったのではなく、「個性」と「多様性」を大切にしてきた表れと思います。
バッジマンネット:
博進堂さんは採用後の社員教育にも力を入れておられるとお聞きしていますが、どのような取り組みをされていますか?
長井:
私が入社した時の同期は40人でしたが、社員教育の一環として全員でキャンプを行いました。数日間寝食を共にすることで、それぞれが自分の役割に気付き、自発的な行動が自然とできるようになったと思います。
現在でも理屈ではなく、感性に訴え、体で覚える「システムキャンプ」という独自のプログラムにより社員の自主性を育んでいます。弊社の社員教育で培ったノウハウを生かして37年前に開講した「点塾」では、中小企業の中堅社員を対象に研修を行なっています。
デジタルの普及で標準化と画一化が進む業界を革新へと導く博進堂の「印刷美術」
バッジマンネット:
最近はデジタルカメラやスマートフォンで誰もが手軽に写真を撮る時代になりました。差別化を図るために博進堂さんはどのようなことを大切にしていますか?
長井:
弊社が考える写真の目的は記録です。ですから、写真を撮る際には芸術性はもちろんですが「記録そのもの」に価値を置いています。例えば、新潟中越地震で被害にあった山古志村の地震前の風景は2度と見ることはできません。街の何気ない風景も、残しておかなければ失われてしまいます。
弊社では「マチあるき物語」と題したフォトウォークを開催し、街の写真を撮影し、参加者それぞれが見開き2ページを作成し、1冊のアルバムに構成します。失われていくモノを写真、印刷として残していくことを重視しています。
バッジマンネット:
確かに、デジカメやスマートフォンに何万枚もデータを保存している人が多いですが、プリントアウトして眺める機会はほとんどないかもしれません。今後、印刷業界において「大量生産」という考え方は淘汰されていくのでしょうか。
長井:
弊社では、1万枚の撮ったまま見られることの無いデジタルデータよりも、手に取って見てもらう1枚の写真に大きな価値があると考えています。大量に広報物を印刷するなら1円でも安い方が良いかもしれませんが、高価でも伝えたい価値ある情報が伝わることを大切にしています。
印刷といえば、紙にインクをのせることだけだと思われがちですが、印刷には「美術印刷」と「印刷美術」の2つがあります。
「美術印刷」とは、原稿と全く同じものをつくる完全複製の世界です。オリジナルを完全複製する事により、印刷物を大量に複写することができます。
弊社の「印刷美術」は印刷のメカニズムによって表現される独自の世界で、印刷によって新しい効果を演出する、印刷そのものが「美術」になります。
お客様が作品に込めた誇りや喜びをクリエイティブに表現する無限の可能性を秘めた「印刷美術」にこだわっています。
バッジマンネット:
「印刷美術」という言葉は初めてお聞きしました。大量印刷では再現できない世界があるのでしょうか?
堅田:
そうですね。日本には染めや墨の技術があり、同じ黒でもデジタルでは再現できない何通りもの黒があります。ですから、色の再現性や色味など手間をかけて納得いくまで何度でも確認しています。
弊社の「印刷美術」が最も顕著に表現された作品が、世界的な写真家であるロバート・フランクによる『THE AMERICANS 81 Contact sheets』という写真集です。
依頼を受けたのは、弊社社員による「モノクロ印刷」に関する研究が、グラフィックデザイナーの杉浦康平氏から評価をいただいたことがきっかけでした。何度も試作を重ね、課題と向き合いながら、職人が知恵を集結し、挑戦を重ねてようやく完成することができました。
写真の縮小版を一覧にした「コンタクトシート」を新潟の素材を使った越後和紙で包み、加茂の桐箱に収められています。
杉浦康平氏は「デジタルの普及で標準化と画一化が進み、印刷現場がつまらなくなった」と仰っていたそうです。お客様と共に「何を伝えたいのか」を表現するベストな方法を探すことこそが「印刷美術」だと考えています。
「読み手のペースでずっと待っていてくれる」紙はゆったりとした時間を取り戻す現代の救世主。
バッジマンネット:
一般的に、印刷業界の方々からは「紙には未来がない」とお伺いすることが多いですが、博進堂さんは社員全員が「紙への希望に満ちている」ように感じます。紙の素晴らしさをどのようにお考えですか?
山下:
紙の良さは「自分のタイミングで咀嚼できること」にあると思います。日々アップデートを繰り返す情報に振り回されがちな私たちを、紙は読み手のペースで、ずっと待っていてくれます。それが紙の良さだと思います。
堅田:
最近若者に人気の「写るんです」などのインスタントカメラは「現像を待っている時間」が、たまらなく嬉しいと言われているようです。確かに、デジタルカメラやスマートフォンではシャッターを押した瞬間に、撮影された内容を確認することができますね。
お客さんからよく言われるのが「博進堂さんに発注した印刷物は、届くのが楽しみで仕方がない」という言葉です。
弊社では、先ほどの「印刷美術」でお話ししたように、お客様の依頼に従って印刷を行うのではなく、お客様も含めて、印刷を行う目的を明確にし、印刷物を手にした時のリアクションまで共有することで作品を完成させます。
お客様とワンチームで時間と手間暇をかけたからこそ、届くのが待ち遠しく感じるのではないでしょうか。
記録媒体は時代と共に変化を続けていますが、紙のぬくもりや感触は何十年経っても変わることはありません。
お客様が印刷物を待つ時間を愛しく思えるような素敵な作品を、紙に刷り続けていきたいと思います。
長い年月と時代の変化を経てもなお色褪せることなく、人々から愛され続けてきた博進堂と紙。そして、缶バッジ。
一見何の繋がりもない三者には、「いつもそこにある」という安心感やノスタルジック、常に斬新な挑戦を支え続けてきたという共通項があるのかもしれません。