紙の書籍や雑誌が売れなくなってきている中、絵本の市場が右肩上がりに伸びていることはあまり知られていません。

紙媒体に触れる機会がどんどん少なくなっているのはスマホの影響が大きいため、スマホを持たない幼児や小学校低学年にはそうした影響は及んでおらず、さらに近年高まる教育熱も追い風となり、絵本の市場が成長しているのです。

コミックと比較して単価が高い絵本は「1万部売れればヒット」と言われる中、絵本『ノラネコぐんだん』シリーズ(工藤ノリコ/白泉社)は累計100万部を超える大ヒットを記録。興味深いことに、そんな大ヒット絵本を作ったのは、少女マンガを得意とする白泉社という出版社でした。




白泉社本社ビルのエントランスにあしらわれた『ノラネコぐんだん』のキャラクター

白泉社本社ビルの受付付近には、『ノラネコぐんだん』の関連グッズが所狭しと展示されていた。

白泉社は『夏目友人帳』や『フルーツバスケット』といった大人気マンガを数多く手がけてきました。今回絵本が大ヒットした理由として、白泉社がこれまでマンガで培ってきた編集力を、絵本にも応用したことがあげられます。

そこで今回、白泉社販売部の貫井さんに、『ノラネコぐんだん』シリーズ大ヒットの秘密について伺ってきました。


面白さをとことん追求した作品が、書店員さんに愛されベストセラーに

今回、お話を伺った白泉社販売部の貫井さん

「白泉社はずっとマンガをメインに作ってきた会社なので、絵本も他社とは少しテイストが違うかもしれません。ノラネコぐんだんは毎回、思いのままに悪さをします」

「例えば第1作の『ノラネコぐんだん パンこうじょう』では、夜中にパン工場に忍び込み、自分たちで勝手にパンを作ります。その上ふくらし粉を入れすぎて、工場ごと『ドッカーン!』と爆発させてしまうのです。最後は正座で反省させられて、一緒に工場を建て直す、という流れです。ふてぶてしいけれどどこか憎めないキャラクターや、起承転結のハッキリしたシンプルなストーリーで、子どもたちを中心に大人気のシリーズとなりました」

「絵本は、子どもが人生で初めて出会う本なので、幼い子どもたちに対する細やかな配慮は必須です。ただ、白泉社はこれまで、主にマンガの分野で『とことん面白い』ものを追求し続けてきました。そういった背景もあり、絵本というメディアの大前提は踏まえつつも、あまり教育的・道徳的な側面を強調しすぎず、子どもたちが心から『面白い!』と思えるような作品作りをめざしています」



ただ、どれだけ面白い作品を作っても、プロモーションをないがしろにしていると絵本を売るのは難しくなります。しかし、絵本をプロモーションすることのハードルは想像以上に高いと貫井さんは話していました。

小さい頃から本に親しんでもらうために、読み聞かせやワークショップなど子ども向けのイベントに力を入れる書店が増えているときに『ノラネコぐんだん』という人気キャラクターが登場しました。

そうした追い風の中で、イベントツールとして導入されたのが缶バッジでした。専用のぬりえ台紙に描かれたノラネコのイラストに色を塗って、オリジナル缶バッジを作れるというワークショップイベントです。自分だけの缶バッジが作れるということで、参加者の満足度も高く、また、多い時には100人以上の参加者を集めることができるため、書店にとっても集客につながるそうです。今では、白泉社の絵本の一番人気のワークショップになっています。


『ノラネコぐんだん』を気に入ってくれた書店員さんが始めた缶バッジイベント


『ノラネコぐんだん』という絵本の魅力にいち早く気づいたのは児童書担当の書店員さんたちでした。実は、缶バッジイベントも元は書店員さんの発案でした。缶バッジマシンを購入してからは、このような『ノラネコぐんだん』好きの全国の書店員さんからイベントの依頼が集まるようになり、書店でイベントを行ってもらうことで『ノラネコぐんだん』の魅力を多くの方に知っていただくことができました。

「お客様が絵本を手に取るきっかけを作ってくれるのは書店員さんなので、『ノラネコぐんだん』がここまで人気が出たのは、イベントをしてくださった書店員さんたちの力が大きいです」


各書店で開催される缶バッジワークショップのポスター


書店で缶バッジワークショップが開催される際は、缶バッジマシンなどをセットで貸し出すのだそうだ

「親御さんが絵本をどこで知るかというと、多くの方は書店に行って、平積みされている本を見て、こういう絵本があるのかと知ります。ここでミソなのが、その絵本をチョイスして並べているのが『書店員さん』だということです。要は、書店員さんがおすすめの本がよく見える位置に置かれる傾向があるのです」

「実際、書店を回ってみると、イベントをやってくださった書店には『ノラネコぐんだん』がたくさん並べられています」

「『ノラネコぐんだん』という魅力的な絵本が生まれる→書店員さんがお客様におすすめしたくなる→店頭の目立つ場所に『ノラネコぐんだん』がたくさん置かれる&イベントを通してファンが増える→お客さんが絵本を目にする確率が高くなりヒットする、といった流れを作ることができるのです。実際、『ノラネコぐんだん』がよく売れているのは、こうしたところも大きいのだと思います」


長野県の平安堂で開催された『ノラネコぐんだん』の缶バッジワークショップの様子(写真提供:平安堂)

長野県の平安堂で開催された『ノラネコぐんだん』の缶バッジワークショップの様子(写真提供:平安堂)

このようにして、紙の出版物の市場が縮小している中、白泉社はコミックに加え、絵本でも人気作品を生み出し、それを後押しするために缶バッジをはじめ、さまざまな書店でのプロモーションを通じて、ファンを増やしてきました。

それに加えて白泉社では、単に紙の書籍を作ることだけではなく、保有しているライセンスを最大限に活用して、キャラクターグッズ作りから展覧会に至るまで、「出版」の枠を大きく超えて活動をしています。

先日(2019年GW)、銀座で開催された「ノラネコぐんだん展」もその一つで、絵本をテーマにした展覧会としては異例の盛況を見せたのだそうです。

次々と新しい取り組みを行う、出版業界に新しい風を吹かせる白泉社の今後から目が離せません。