日本屈指の温泉街である箱根は、標高が高いため雨が頻繁に降ることで知られており、そうした理由から箱根にはいわゆる“雨施設”と呼ばれる天気が悪くても楽しめる美術館を始めとした施設がいくつもあります。
そうした箱根の雨施設の中に、 箱根ジオミュージアム というミュージアムが箱根火山の大涌谷にあります。
そんな箱根ジオミュージアムでは施設運営を行う上で缶バッジを活用しているのだそうです。そこで今回は同施設を運営する箱根町役場企画観光部観光課の湯川太一さんにお話を伺いました。
なぜ昔のデパートの屋上には遊園地があったのか?箱根山を「デパート」と捉えて運営。
箱根及びその周辺地域のプロモーションを目的に運営されている箱根ジオミュージアム。湯川さんによれば、同施設は「デパートの屋上遊園地」と同じような役割を果たしていると話します。
「箱根ミュージアムというのはデパートで言うと屋上なんですよ。一昔前のデパートって屋上に遊園地がありましたよね。実際に利益をあげるのは地下の食料品売り場や洋服売り場ですが、遊園地はデパートを魅力を発信する役目がありましたよね」
「それと同じことを箱根でもやっているんです。お土産を買う箱根湯本はデパートでいえば地下一階、宿泊ができる温泉施設が山腹にあって、箱根ジオミュージアムがある大涌谷は屋上です。つまり山頂から箱根火山の魅力を発信しているという訳なんです」
箱根の山頂から箱根とその周辺エリアの魅力を発信する上で、重要なツールとなっているのが缶バッジ。
湯川さんによれば、箱根のマスコットキャラクター「はこジ郎」や富士山が描かれた缶バッジが売れ筋なのだそうで、現在では同施設の大きな収入源の一つにまで成長したそうです。
しかし興味深いことに、箱根ミュージアムのメッセージを発信する上でカギとなっているのは、これらの売れ筋商品ではなく、全く売れない「硫黄」のデザインが施された缶バッジだと言います。
「よく売れる『はこジ郎』や富士山の缶バッジとは裏腹に、『硫黄』のデザインを施した缶バッジは全く売れないんです(笑)一瞬目を引くものの、パッと見て何のデザインだか分からないので売れないんです。しかし、これを見たほとんどのお客さんは『これなんですか?』と口にします。それが会話のキッカケになるんです」
「これはトヨタからヒントを得たんです。例えば、トヨタはピンク色の派手な車をあえて普通の自動車と並べて販売していましたが、それは話題作りやイメージ作りが目的なので、売れなくてもいいんですよね。それは缶バッジでも同じことが言えます。硫黄の缶バッジはあくまでもコミュニケーションを引き出すための仕掛けなんです」
売れ筋の缶バッジよりも、“売れない”缶バッジの方が強いメッセージ性がある
“売れない”缶バッジをコミュニケーションを引き出す仕掛けとして活用し、来館者に箱根の魅力を伝える箱根ジオミュージアム。
しかし、箱根は日本屈指の温泉地としてすでに有名ですから、あえて箱根をPRする意義はあまり大きくないようにも感じます。そのことに湯川さんはこのように話していました。
「箱根は日本屈指の温泉地というイメージですでにブランドが確立しています。一方で、箱根には田んぼも畑もないので「地元の食材」と呼べるものがなく、そこが箱根の弱点でもあるんですよ。やっぱり旅行者としては旅先で、地域でとれた食材とか地酒が楽しみの一つだと思うんです」
「そこで考えついたのが『箱根』をもっと広い範囲で捉えるということです。箱根ジオパークは箱根を中心とした真鶴、湯河原、小田原、そして南足柄といった周辺地域をまとめて『箱根』として捉えているんです」
「真鶴や小田原を『箱根』として伝えるのは一見強引だと感じるかもしれません。しかし箱根火山の視点から考えれば話は変わってきます。箱根火山の溶岩は真鶴半島や湯河原の幕山を形成し、箱根火山の火山灰によって関東ローム層という豊かな土壌が作られた。言い換えれば、小田原や真鶴で獲れるお魚や地元の食材は箱根火山によって作られたとも言えるのです」
「そう考えれば、周辺地域で獲れた食材を『箱根の地のもの』として観光客に紹介することができると思うのです。そうすることで温泉だけでなく食も箱根で満喫でき、同時にこれまで箱根の周辺地域に関心が向かなかった人々が周辺地域に足を運ぶのではないかと考えました」
「こうした『箱根』を捉え直す取り組みを伝えるには、やはり来館者との会話が重要になってきます。そのキッカケを作ってくれるのが先ほどの売れない『硫黄の缶バッジ』なのです」
箱根火山にまつわる情報発信を担う箱根ジオパークには、既存の箱根を捉え直す視点が豊富に蓄積されており、まだまだ伝えきれていないエピソードがいくつもあると湯川さんは話します。
「かまぼこ、干物、塩辛といった保存食は真鶴や小田原といった箱根の周辺地域で有名ですよね。実はそれらの保存食が発達した背景にも箱根が関係しているんですよ。『箱根超え』という言葉があるように、東海道で箱根山は一番の難所で、これらの保存食が箱根越えの際に重宝されたんです。もし箱根火山がなかったら、これらの保存食はそこまで発展しなかったかもしれません」
こうした箱根にまつわるエピソードを楽しそうに話す湯川さんを見ている限り、缶バッジをキッカケにした来館者との“箱根トーク”は可能性に満ち溢れていると感じずにはいられません。
日本屈指の温泉地、箱根。この地で缶バッジが箱根の魅力を発信する役割を担っていることを知ることができ嬉しい限りです。