障がい者の社会参加が叫ばれるようになった現代においても、障がい者が社会と接するハードルはまだまだ高く、接点が少ないがゆえに、障がい者に対する理解がなかなか進みにくい状況が続いています。
そんな中、静岡県富士市に拠点を構える NPO法人ゴウディングコミュニティ に属する「ごうでぃんぐ原田」という、障がい者向け生活介護施設では、“福祉とアート”をかけ合わせる興味深い取り組みを行なっているようです。
同NPO法人の理事であり現代美術家でもある 山下博己 さんは、外部事業として「ごうでぃんぐ・かんぱにー」をプロデュースし、障がいを持つアーティストとともに缶バッジアートの制作・販売を行なっています。今回は、そんな山下博己さんにお話を伺いました。
障がい×アートで起きた化学反応「アートを志す上で、言葉が十分に話せないことはアドバンテージになり得る」
親組織であるゴウディングコミュニティは、生活習慣の確立、農業体験、アート表現を3本の柱として活動しており、そのうちアート部門を担当しているのが山下さんです。
アートと障がい者。一見、何の繋がりもないように感じますが、山下さんは、言葉を十分に話すことのできない障がい者とアートには強い結びつきがあると言います。
「人間は誰しもが言語化されない感覚を持っています。これは人間の歴史を見れば明らかで、言語が開発される遥か昔から、人類は壁に絵を描いて表現活動をしていました。そういう感覚があるにも関わらず、人間は賢くなって言語を獲得し、原始的な感覚が覆い隠されてしまったのです」
「一人の人間の発達を見ても、子どもの頃は自由奔放に絵が描けたのに、小学生、中学生と年齢を重ね、高度な言語を習得するにつれて、絵が描けなくなるという現象が起きますよね。感じたものを躊躇わずに描けなくなる。これがアートの消滅なんです」
「一方、幸か不幸か言語を十分に習得することができなかった障がいのある人たちは、そういう能力が開発されなかったからこそ、原始的な感覚が残っているんです。そういう意味で、健常者より、彼らの方がアートの世界に近いところにいるのです」
実際に彼らの作品は地域社会からも高く評価されているそうで、ごうでぃんぐ・かんぱにーに関わるアーティストの絵は、ギャラリーにおいて作品展を開催すると、ほとんど売れてしまうと言います。
もともと缶バッジアートに取り組んだのは、社会への障がい者の参加が目的でした。その手段として缶バッジとアートをかけあわせた訳ですが、その一方で山下さんはアートの中に福祉を持ち込んではならないと話していました。
「アートの中に福祉を持ち込んでしまうと、『障害があるんだもんね、頑張ってるよね』と同情心を先に持ってアート作品を買う人がいますよね。でも、それは正しい姿勢ではありませんし、長続きもしないと思います。『これすごく良いなあ。誰が作ったんだろう。あ、障がい者の方が作ったんだ』という順番が正しいのです。つまり、あるべき順番が逆なんですよ」
「これは恋愛に例えると分かりやすいと思います。まず『好き』という直感が最初にあって、そこから名前、出身地、好きな食べ物、休日に何をしているのか…いろんなことを知りたくなりますよね。つまり情報=言葉は後なんですよ。アートも同じ。まずは作品を好きになってもらう。そうすれば、自ずと、作者のことが知りたくなります」
「ごうでぃんぐ原田の障がいを持つアーティストたちは、言葉が十分に話せず、排泄や食事にも困難を伴います。それを前面に出してアピールすれば、普通の人は動揺してしまうでしょうし、拒絶する人もいるかもしれません。でも、まずはアート作品から入ってもらえれば、スムーズに理解してもらえるはずです」
缶バッジアートの隠れた力「缶バッジアートがアーティスト達の人間的成長に寄与した」
社会に対して障がい者の理解を促進するために導入した缶バッジですが、実際に導入すると、缶バッジが障がいのあるアーティスト本人の人間的成長にも寄与していることに山下さんは気付きました。
ごうでぃんぐ・かんぱにーでは、障がいのあるアーティストが制作した缶バッジアートを集めて展覧会を定期的に開催していて、お客さんはもちろん、アーティスト達も自分の作品を見るためにギャラリーを訪れます。
その際、アーティスト本人たちは、自分が作った缶バッジアートから学び、次回の作品や、自身の生き方に少なからず影響を与えていると山下さんは話していました。
「アートとは自分が思いもしなかったものを形にしたものなんですよ。よく勘違いされがちですが、自分の思い通りに描けた作品が必ずしも良い作品という訳ではないんです。まるで自分が作ったものではないみたい。そんな風に思わせてくれるのが良いアートです」
「描いている最中に絵の具が散ったり、筆の先が裂けたり、自分ではコントロールできない自然の要素が入り込んだ時に初めて良い作品が生まれるのです。自分の思い通りに描けた作品というのは、満足はするかもしれませんが、感動はしません。アートをやっていると次第にコントロールできない要素を楽しめるようになります」
「これは社会生活にも通ずるところがあると思います。現代社会はあらゆることをコントロールしようとしますよね。しかし現実には人間関係をはじめ、コントロールできないものの方が圧倒的に多い。であれば、それを楽しめる方が豊かに生きられると思います」
「アートも人間関係も、コントロールできないからこそ面白い。そこに面白さを見出すのです。コントロールできないものが面白いと思えるようになれば、人間関係も苦にならない。アートが生きる上で重要だと言われる理由の一つかもしれません」
福祉施設も経営視点を持たなければならない。アートとビジネスが交差すれば、持続可能な取り組みになる。
これまで缶バッジアートを通じて、障がい者たちの社会進出や人間的成長を見守ってきた一方で、山下さんは長期的には缶バッジアートを彼らの仕事として成り立たせる仕組みを構築している最中だと話してくださいました。
「彼らが何かをやって対価を得る。そういう仕組みを作りたいんです。しかし、その仕組みの中にボランティアがあってはいけません。缶バッジのパッケージの裏にも書いてありますが、原材料費、加工費、お店に対する設置料を加味して計算してビジネスとして成り立たせようとしているんです」
「月に1000個ほど売れれば、昔僕の母親もやっていた内職くらいにはなる計算です。つまり、僕は仕事をつくって、彼らに提供しているんですね」
「こうした缶バッジアートの取り組みには経営の視点をもって取り組まなければなりません。一般的に福祉施設ではボランティア精神を重要視しますが、ボランティアということは誰かが割りを食うことであり、言い換えれば、持続可能な形ではないということです」
「缶バッジ一つ運ぶのにも運賃がかかります。それもちゃんと計算して、ビジネスとして成り立たせる。缶バッジアートに魅力があればリピーターが生まれます。リピーターが生まれるということは市場が生まれるということであり、ビジネスとして成り立ちます。そのようにして長期的に缶バッジアートの取り組みを続けていくことができるのです」
そう力強く話す山下さんは今後、缶バッジアートを海外の人にも届けたいと考えているそうです。
山下さんは自身のFacebookに、缶バッジアートの説明文を日本語と英語の両方で発信しており、現在ではアメリカやオーストラリアなど海外とのやりとりもあると言います。そして、将来的には海外にも販路を拡大していくことが目標だと話していました。
アーティストでありビジネスマン。異なる二つの顔を併せ持つ山下さんと、ごうでぃんぐ・かんぱにーに関わるアーティスト達の活動から今後も目が離せません。