今や礼儀や清潔感と同じくらい個性が大事とも言われ、もしかすると、現代で人を傷つける一番の言葉は「個性がない」ということなのかもしれません。
社員の個性を軸にした組織づくりは、落とし穴もある一方で、同時に新たなビジネスチャンスと仕事への責任感も生み出します。
スターバックスは、会社の事業形態をコーヒービジネスではなく、ピープルビジネスなのだと述べていますが、今後、最終的にすべてのビジネスは、H to H(Human t Human)になっていくことは間違いありません。
現在、職場で働く多くの人たちが、失敗を恐れ、数字に怯えて、個性を殺しながら働いており、世の中に自分を合わせるために、個性をどんどん失い続けている。
そういった中で、最近では、缶バッジを胸元につけることで、その人の個性を取り戻そうとする企業も増えてきています。
例えば、不動産仲介の会社では、営業の方の胸元に、「八王子のマイスター」、「キャンプマイスター」、「サウナマイスター」などといった缶バッジをつけることで、お客さんとの会話のキッカケを生んでいるのです。
加えて、社員の人たちにとっても、今まで抑えていた個性を職場で出すことによって、働く楽しみもどんどん生まれてきます。
現代では、オンラインでワンクリックで何でも購入できるようになったことで、お店の人とコミュニケーションを取りながら買い物をするという日常がどんどん無くなってきている。
缶バッジはお客さんとの関係性を取り戻すための重要なツールになる可能性を秘めているのです。
缶バッジは、効率化によって失われた職場の人間味を取り戻していく。
個性的な人間になるための一番の近道は、もうあたかも自分が個性的な人間であるかのように振る舞ってしまうことです。
アーノルド・シュワルツェネッガーは、まだ有名になる前のただのボディビルダーだった頃に、あるインタビューで、ハリウッドのトップスターになるための具体的な計画をたずねられて、次のように答えました。
「ボディビルディングの世界と同じですよ。まずは自分がなりたいビジョンを描き、その次は、それがあたかも実現したかのようにふるまえばいいだけです。」
「キャンプマイスター」、「サウナマイスター」などといった、自分の個性をアピールした缶バッジを仕事中につけることで、自分がキャンプやサウナに詳しい人間なんだという自覚が生まれてきます。
自分のなりたいイメージが明確になると、脳が自身の状況と理想のギャップに気持ち悪さを感じて、理想を実現するために、新しい思考回路をつくっていくのだと言う。
そういった意味では、会社に個性的な社員を増やそうと思ったら、まず缶バッジでその人の個性を表明してしまうのが一番の近道なのかもしれない。
松井秀喜選手の座右の銘に「意識が変わると行動が変わる。行動が変わると習慣が変わる。 習慣が変わると人格が変わる。 人格が変わると人生が変わる。」というものがありますが、まずは缶バッジを胸につけて、意識を変化させてしまうことが大切なのです。
缶バッジをつけて意識が変われば、仕事以外の時でも、目に入るものが変わってきます。
「街のマイスター」という缶バッジをつければ、プライベートで街を歩いていても、「この地域の情報はお客さんにも役立つだろうな。」、「この蕎麦が美味しいお店、今度お客さんに伝えてあげよう」といった感じで、脳が今までは全く反応していなかった情報に反応するようになってくることでしょう。
子供の頃から客室乗務員(キャビンアテンダント)になりたいと思っていた人と、大学卒業前に急に客室乗務員になろうとした人では、脳が無意識に取り入れている情報の量や質が全然違うため、最終的に客室乗務員になれる確率が全然違うのだと言います。
また、胸元につける個性的な缶バッジ以上に、お客さんとのコミュニケーションのキッカケをつくるものはありません。
お客さんとのコミュニケーションを重視しているあるカフェでは、あえてお店のメニューを読みにくくして、「これは何て読むんですか?」と聞いてもらうことで、お客さんとの会話のキッカケをつくっています。
今や正しく正確な接客よりも、ユニークな接客が求められる時代です。
数年前に「注文をまちがえる料理店」が話題になりましたが、マニュアル通り行われ、正確さが求められる仕事は遅かれ早かれ、人工知能に代行されることになるでしょう。
缶バッジは仕事を効率化することによって、失われた個性を取り戻す役割を果たしていくのです。
ユニクロを運営するファーストリテイリングの柳井正さんは服に個性があるのではなく、服を着る人に個性があるのだと言います。
確かに会社の同僚が先週の金曜日にどんな服を着ていたかは覚えていませんが、先週の金曜日に言った面白いアイディアやジョークは、しっかりと覚えているものです。
しかし、特にビジネスの現場においては、お店で働いている店員の人たちが、どんな個性を持っているかを知る機会は、よほど会話が盛り上がらない限り、存在しないことでしょう。
缶バッジで個性を主張し、会話するキッカケをつくることができれば、そこには、今まで存在しなかった新しいコミュニケーションが生まれる。
欧米の国では、電車や飛行機で隣になった人、スーパーのレジなどで、たまたま同じ場所に居合わせた人などに気軽に話しかける文化がありますが、日本では気軽に面識のない人たちに自分の興味やプライベートなことを話す文化がありません。
1970年代にアメリカの社会学者、マーク・グラノヴェター氏が行った有名な調査では、転職という人生の転機になる話は、頻繁に会っている人からよりも、ほとんど会っていない弱いつながりの人から来るほうが圧倒的に多かったのだと言います。
缶バッジを通じて、個性を胸元に出し、コミュニケーションのキッカケをつくることができれば、そこに弱いつながりが生まれ、ネットやSNSでは辿り着けない世界へと連れていってくれる。
ノーベル文学賞を受賞したイギリス人小説家のカズオ・イシグロ氏は、海外旅行などを含めた地域を超える「横の旅行」ではなく、同じ地域や同じ通りに住んでいる人がどういう人かをもっと深く知る「縦の旅行」が必要なのだと述べています。
わざわざ海外にお金と時間を使って新しい発見を求めに行かなくても、普段何気なく会っているカフェの店員さんや、市役所の職員さんの中に自分と話や趣味が合う人が必ずいることでしょう。
ただ、話すキッカケがないだけで、一生知らない人同士で終わってしまうのは勿体無い。
個性的な小さな缶バッジひとつで、一生物の出会いが生まれるかもしれないのです。
Illustrations by EBI
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