ちょっとした困ったことで、「こんなものがあったらいいのに」と感じたことからロングセラーアイテムが生まれることがあります。
そういったアイテムは何もないところからポッと発生するわけではなく、すでにあるものに日々改良が加えられていった結果、世界にも類を見ないオンリーワンのものになっていくことが多いようです。
身近にあるものの中で例えるなら、大阪の町工場でつくられているネジ(ナットの部分)は日本をはじめアジアやヨーロッパの高速鉄道や橋梁、原子力発電所などに使われています。
なぜそこまで求められているのかというと、ハードロックナットという商品名のこのネジは、どんなに振動のある場所でも「絶対にゆるまない」と科学的にも証明されているほど、ゆるむリスクの低いネジだからです。
昔から当たり前のように存在するネジですが、ここまでゆるまないものはありませんでした。しかも、このネジの開発に使われた技術もこれまでに存在しなかった最新の技術などではなく、古代建築のクサビの技術なのだそうです。
神社の鳥居などには、継ぎ目が離れないようにするためにクサビが打ち込まれています。その役割の重要性は、古い建築物が幾度もの地震を経ても崩壊せずにその姿を現代まで保ってきたことを考えても想像に難くありません。
実際、社会に存在しているものの多くはまだまだ未完成で、もっとよくなるようにと重ねられてきたさまざまな工夫が、私たちの身の回りのあらゆるものに施されています。
例に漏れず、缶バッジも改良が繰り返され、より安全で使いやすいアイテムへと進化してきました。
子どもの頃の缶バッジのイメージを持って今の缶バッジを身につけてみると、当時感じた「ちょっとした困ったこと」がなくなっていると驚かれるかもしれません。
ロングセラーになるのは、安全で便利なもの
缶バッジをつけるとき私たちが一瞬緊張してしまうのは、そこに「針」があるからではないかと思います。つけるときに針が刺さりそう、子どもの服につけるのが怖い、と考える人は少なくないかもしれません。
あるいは、缶バッジをつけるため、ピンに力を入れて針を外そうとしたとき、安全ピンが勢いよく上下にクルっと回ってスムーズにいかなかった記憶が思い起こされたりもするのではないでしょうか。
この二つの代表的な “ちょっと困った” ピンの悩みは「Z安全ピン」という弊社の開発したオリジナル安全ピンによって、すでに解決されています。
針先の出し入れの時に上下にピンが回って不安定だった課題は、ピンの背面の形状を工夫することで解決されました。
従来の安全ピンは、缶バッジ本体に結合するピンの部分が「ー」で固定されていたために上下にクルクルと回ってしまっていたわけですが、それを「Z」のフォルムで缶バッジ本体に固定することで針先の方のピンは動きが大きく制限され、缶バッジ本体に対して垂直な最も装着しやすい状態に保たれるようになったのです。
「Zピン」あるいは「ダブルフックピン」と呼ばれるこの安全ピンは、さらに針が危なくないように改良が施され、ピン先の尖った部分が留め金で覆われた「Z安全ピン」として進化しています。
「Z安全ピン」はその品質の高さを追求した結果、国内生産のみのMade in Japan製品としてユーザーにより確かな安心を提供することにもつながりました。
就学前の子どもが訪れるイベントでも安心して缶バッジワークショップが開催されるようになったのは、「Z安全ピン」が流通するようになったことも大きいのではないかと思います。
ちょっとした工夫の積み重ねによって進化した、こうした安全で便利なアイテムは次第にそれが消費者にとっての常識となり、定番のロングセラーアイテムへと移り変わっていくのでしょう。
昔からあるモノにも、無意識に感じている不便がある
他にも、2017年に10代を対象に行われた流行っているもののランキングでLINEやYoutubeに混じってランクインした三菱鉛筆のシャープペンシルも、ちょっとした悩みに着目した進化系アイテムです。
シャープペンシルの替芯パッケージにある0.3mmとか0.5mmといった数値は円柱をしている芯の直径のことを指します。けれど、実際には書き続けているうちに芯が斜めに削られて文字の太さは変わって当たり前のものでした。
この点に注目したのが「クルトガ」で、書くたびに芯が一定角度ずつ“クル” っと回って “トガ” らせるメカニズムによって、太くなって描線がぼやけたりせずに書き続けることが可能になりました。
書いてみて初めて、それ以前に無意識に感じていたちょっとした不快感に気づき「クルトガ」がやめられなくなるユーザーは続出し、シャープペンシル分野の大手流通POS年間販売実績では2009年〜2020年まで「クルトガ」が第一位にランクし、シリーズ累計販売数は1億本を突破するロングセラー商品となっています。
新商品が次々と投入され、これ以上の進化はないと思われてきたアイテムにもまだまだ改良の余地があったのだと驚きますが、それも次第に「ふつう」と思われるようになって、大多数にとってのスタンダードは変わっていきます。
そして今あるものの改良点に気づけるのは、実は今あるものを「ふつう」と受け入れてしまっているユーザーではなく、ユーザーがちょっと困っているようなことはないかと考え続け、ものづくりを探求してきた作る側の人々なのです。
私たちも、今は「ふつう」になった安全で便利な缶バッジからさらに工夫を重ねて次のスタンダードを生み出し、より良い定番アイテムへと進化させ続けていきたいと思います。
参考書籍 :
■ 若林 克彦「絶対にゆるまないネジ―小さな会社が「世界一」になる方法」中経出版、2011年
■ 和田 哲哉「頭がよくなる文房具」双葉社、2017年