ルイ・ヴィトンを代表する「モノグラム」ラインのデザインは、実は日本の伝統的な家紋にインスピレーションを得たものだといいます。
19世紀後半ゴッホの生きていた時代、フランスではジャポニズムの波が沸き起こっており、その頃にパリで開かれた万国博覧会に徳川家なども参加していたのだそうです。
そこで目にすることになった日本の家紋にヒントを得て、後世にまで人気を誇ることになる「モノグラム」ラインが誕生したのでした。日本の家紋のモチーフはおよそ300種あるそうで、国内だけではなく世界的なブランドや商標にも影響を与えています。
家紋というと、「頭が高い、 この紋どころが目に入らぬか」と懐から取り出した印籠を突きつける『水戸黄門』の決め台詞が有名で高貴なイメージもありますが、歴史の中で家紋は今でいう缶バッジように身につけられてきたものです。
家紋が誕生したのは平安時代ですが、その文化が大きく発展したのは敵味方を見分ける必要のあった戦国時代で、戦の中で旗や鎧、兜、弓、剣などに印されました。
家紋によって武士が自分の能力をアピールできる意味合いもあり、戦で活躍した武士はより家格の高い家紋を賜ることができ、それによって絆を深め、その紋章に準じた待遇を受けることもできたのだそうです。
そうした家紋のデザインの元となっているものには、先に登場した徳川家の葵のように、日本の多種多様な自然や生き物が多くあります。
実際、家紋の中でも戦国時代に人気だったのが「片喰(カタバミ)紋」という紋章です。
カタバミは、クローバーに似た形のハートの葉を持つ植物で、退治が非常に難しい繁殖力の強いタフさが強みではあるものの、食物連鎖の頂点に立つような猛獣などではありません。
それを想うと、戦国時代を生き抜くために人々が一番に考えていたことが、実はしぶとく生き抜くことだったという人生の指針が浮かび上がってくるようです。
ブランドのロゴよりも、家紋で自分を表す缶バッジ
江戸時代になっても庶民が名字を名乗ることは許されていませんでしたが、当時の人々は自分の家の家紋をつくり、身につけるものや店の暖簾などに紋をつけて暮らすようになりました。
店のスタッフが独立する際に家紋のついた暖簾を掲げることを許し「暖簾分け」することで、独立した店も元の店の信用を引き受ける文化も生まれたのです。
こうして家紋が庶民の間に広まると江戸の町には新しい紋を作り出し、描く「紋章上絵師(もんしょううわえし)」が登場します。
現在も東京で紋章上絵師として活躍し、数年前にYohji Yamamotoのコレクションにも関わった波戸場承龍(はとば しょうりゅう)さんは、小学館のインタビュー記事の中で次のように話していました。
「家紋って、別に役所に登録するものじゃないですから、好きな家紋を『今日から、これがうちの家紋』っていう風にして良いんですよ。個人が自由に自分の紋をつくっても良いんです。過去には、ご結婚に際して新たな家紋のご依頼をいただいたこともありました。」
約300のモチーフをさまざまに枠内で組み合わせてつくられた家紋は、現在確認されているもので8000種を超えるそうです。
高級車のエンブレムやラグジュアリーファッションブランドのロゴを周囲の人に見てもらいたいという時代から進み、個性や多様性の重視される世界では、今の自分や家庭を象徴する紋章を缶バッジにして身につけるような方向に人々の意識が向かっていくかもしれません。
缶バッジにおいても、進撃の巨人に登場する羽や薔薇の紋章のように、漫画やアニメ、ゲームの中で登場した紋章が缶バッジになって、ファンの間で身につけられてきました。
映画化された場合には、その映画の前売り券の特典として、イベントが開催される際にはイベント限定アイテムとして、紋章の缶バッジが制作されるというようなプロモーションはさまざまにあります。
大ヒットしたコンテンツの影響もあって、紋章というとどこかフィクションの世界のように思われがちかもしれません。
しかしながら、実際に生き抜いて私たちに命を繋いでくれた先祖の紋章の、300に及ぶモチーフの中に自分を表現するものを探し、缶バッジにして身につけるのもいいのではないでしょうか。
その家紋を身につけていた先祖の思いが支えになる
こうした家紋のモチーフには様々なストーリーがあり、その背景を知る中で数百年前の先祖と人としてつながったような気持ちになるものです。
例えば、不気味な害虫として名高い百足(ムカデ)をモチーフにした家紋もあります。人を噛み後退しない様から、古くから百足は軍神である毘沙門天の使いとされてきました。
よって、百足の家紋には「決して倒れない」という意味が込められており、勇敢さの象徴として武士に好まれていたといいます。
ほかにも、私たちの先祖をどんどん遡っていくと日本の家の半分くらいは藤原氏が先祖になるというくらい平安時代に権力を振るった藤原氏は、道長の詠んだ「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることもなしと思へば」という歌にあるように、月をモチーフにした家紋がその末裔に受け継がれていったようです。
千年以上前から連綿と続く祖先が生きた世界を知り、そのうえで自分の生き方を見つめ直し、缶バッジのような現代に通じる方法で次世代に伝えていくことは未来を生きる子どもたちにとっても意味があるのではないでしょうか。
日本では親につけてもらった名前以外にも自分を表す手段として、古来から伝わるモチーフを自由に組み合わせて自分なりの紋章がつくられ、缶バッジのように身の回りのあらゆるものに付けられてきました。
今、世界でステータスのシンボルのようにもなっているルイ・ヴィトンも、モノグラムのデザインの誕生にはもしかしたら家紋の持つ意味から影響を受けた部分も込められていたのかもしれません。
先祖とつながり、生きる知恵のようなものを伝えていく生き方のシンボルとしての家紋を、現代の子どもに身近な缶バッジによって伝えていくことができたらと思います。
参考書籍 :
■西邑桃代「デザインガイド『紋』 日本文化」
■稲垣栄洋「『雑草』という戦略 予測不能な時代をどう生き抜くか」日本実業出版社、2020年
■高澤等「見て楽しい 読んで学べる 家紋のすべてがわかる本」PHP研究所、2012年
■大野信長「【新装版】 戦国武将100 家紋・旗・馬印FILE」学研プラス、2016年