SNSユーザーが世界人口の半数を突破し、2021年の調査では、その数が全世界で42億人となり、とどまることなく成長を続けています。

それは言い換えると、何十億という人のいる中に向かって発信することができる世の中になったということです。

例えば、昔はほとんどただの家事でしかなかった料理も、今では投稿して発表することで、料理はクリエイティブな作品として、人々からコメントを得られるようになりました。

普段の材料が足りなかったなど、ちょっとしたことをきっかけに作ってみただけのオリジナルメニューも、オンライン上で褒めてもらったり広めてもらったりするだけで、次はもっと良いものを…とやる気が刺激されるものです。



どんな小さなクリエイティブでもコメントをもらえるようになった。

こうしたインターネット上のファンやフレンド、フォロワーなどはその頭文字をとって「Fファクター」と呼ばれ、彼らの意見は企業の打ち出すマーケティングコンテンツよりもユーザーの信頼度が高くなっています。

Fファクターからの情報によって、消費者は自分たちをターゲットにしてくる企業広告からも守られるようになり、従来のような企業が打つマス広告が消費者の心を動かす力を持たなくなっていることは、多くの人が感じているところでしょう。

「壇上から大勢に向けてメガホンで話すような気持ちで投稿していると、どんな言葉も伝わらない『冷たいアカウント』になってしまいます」

これは、Twitterで日本の美術館としては異例の19万のフォロワー(2022年1月現在)を持つ森美術館の公式アカウントの“中の人”が、そのアカウントの運営についてお話されていたことです。

マスメディアの影響力が弱まる一方で、誰でも発信できる場が生まれ、どんなことでもクリエイティブに変換できるようになり、私たちの多くがFファクターの存在のおかげで個人で勝負できるチャンスを秘めています。



一人のスタッフが、想いを込めてつくり続けた缶バッジ


少子化や人口流出、そして長引くコロナ禍で遊園地の運営が難しくなっている中、2021年12月30日、福岡市内唯一の遊園地「かしいかえん シルバニアガーデン」も、その65年の歴史に幕を下ろすことになりました。

この度の閉園を目前にニュースになったのは、実はこの遊園地で人気の缶バッジの製作を、園のスタッフが全て一人で手がけていたということでした。

実際、「かしいかえん シルバニアガーデン」では園のマスコット「ビートくん」の缶バッジが定番商品として園内で販売されてきました。

それは、缶バッジ購入後に不要となった空カプセル入れまで手作りで設置されているほどの力の入れようだったのです。



https://twitter.com/Kashiikaen_S/status/1414510690136563713?s=20
遊び心あふれる、かしいかえん シルバニアガーデンの缶バッジ(公式ツイッターより)

ビートくんをモチーフに、シーズンやイベント、遊具などが組み合わさったり、偽(にせ)ビートくんというキャラクターが登場したりと、缶バッジのデザインは遊び心にあふれていました。

閉園に際しても、スタッフの手によって園の思い出を込めて新たに10種のデザインが追加され、閉園までの数日間販売されていたということです。

缶バッジ製作を始め、スタッフ一同が想いを込めて運営してきた「かしいかえん シルバニアガーデン」。最終日には昨年で最も多い約9千人の来園者数を記録し、閉園の時間が迫ると、多くの人からの「ありがとう」という歓声と拍手が沸き起こったそうです。



スターバックスが好きな人も嫌いな人も同じだけ存在する


私たちが1日にスマートフォンを持ち上げてチェックする回数は40〜50回に及び、会って顔を合わせる以上にオンラインでの日々の接触が大きな意味を持つ社会へと変わりつつあります。

そんなSNSが急速に広まる世界では、自分を気に入ってくれる人を、何百万人のうち1人という確率でまず千人見つけることができれば食べるのに困らないだろうといわれており、一人でできることの幅は広がるばかりです。

オンラインで自分を見つけてくれた一人一人とあたたかい関係を築く戦略は「スモール・ストロング・タイ(小さくて強い絆)」という、この時代の新しいマーケティング概念として提唱されています。

缶バッジ等でファンとつながってきた「かしいかえん シルバニアガーデン」のように、小さくて強い絆をつくるのは、企業であっても実はたった一人のクリエイターの手で成せるものなのかもしれません。



SNSでも自動翻訳が当たり前になりつつある今、世界の億単位のユーザーの中から千単位の人に気づいてファンになってもらえればよい。

そうは言っても、自分のアイデアを発信したいと考えたとき、SNSでは誹謗中傷を受けるリスクに対する不安も高まっていて、何か良くない結果になるのではないかと想像が膨らむものです。

しかしながら、どんなブランドにおいても顧客の態度は、推奨者、中立者、そして批判者の3タイプに分かれることが通常で、実のところ批判的なコメントが出ることによって好意的な意見が引き出されているという見方もあります。

例えば、マクドナルドもスターバックスも他の追随を許さないブランドですが、イギリスの調査会社が発表したリサーチ結果では、どちらのブランドにおいても、好んでいる人と同じくらいの割合で嫌っている人が存在することがわかりました。

ファンなどのFファクターを刺激して発言を促したり、企業に現実を見せ、知恵を与えてビジネスを立ち直らせたりする発端が、ブランドを嫌っている人の意見だったりもするとしたら、それもなくてはならないものだと考えることができそうです。



缶バッジなら、無理なくクリエイティブに続けられる


今の時代、ある程度の高品質が当たり前だとみなされており、商品力で消費者の気を引くことはますます難しくなっています。

個人店や中小企業が、大企業と商品レベルで比較される状態から脱するには、缶バッジのようなアイテムを通じてスタッフがより人間らしくクリエイティブに発信し、人間的な面白さを積み重ねることで勝負してみるのも良いのかもしれません。

事実、個人や小さな組織では、オリジナルデザインの缶バッジが自らの手で製作・販売され、缶バッジが長い目で継続的に用いられています。



どんな商品もある程度の高品質が当たり前の時代、商品で勝負するのは難しい。商品よりも人で勝負!

いつの時代も生産性や効率だけに特化した人などおらず、日夜農作業に勤しんでいた時代であっても人々は絵を描いたり服を縫ったり木彫りをしたり、人それぞれに面白みを発揮していたものです。

もし、何かクリエイティブなことへのとっかかりが必要ならば、缶バッジのように誰にでも簡単に作品にできるツールを用いて、クリエイターとして一歩踏み出してみるのはいかがでしょうか。



参考書籍:
■ ケヴィン・ケリー、大野 和基、服部 桂「5000日後の世界 すべてがAIと接続された『ミラーワールド』が訪れる」PHP研究所、2021年
■ 洞田貫 晋一朗「シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略」翔泳社; 第1版、2019年
■ フィリップ・コトラー、ヘルマワン・カルタジャヤ、イワン・セティアワン、恩藏 直人、藤井 清美「コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則」朝日新聞出版 、2017年
■ 飯髙悠太「僕らはSNSでものを買う」ディスカヴァー・トゥエンティワン、2019年