昨年(令和3年)、市制100周年を迎えた愛知県一宮市にある一宮市三岸節子記念美術館

一宮が生んだ女流画家の第一人者である「三岸節子」の作品を守り、その魅力を後世に伝えるために建設されました。

学芸員の長岡さんは「年配の方だけでなく、地元一宮の若者や子ども達にも三岸節子や美術館を知ってほしい」という思いから、一宮モーニングとのコラボレーションやワークショップなど、さまざまな取り組みを行っています。

今回は「一宮市三岸節子記念美術館」における缶バッジの活用法やアート作品の鑑賞などについてじっくりとお話をお伺いしました。



「せっちゃん」の缶バッジを通じて一宮が誇る偉大な洋画家「三岸節子」をもっと身近に感じて欲しい。


バッジマンネット:
美術館のメインキャラクター「せっちゃん」は、一宮市の老舗企業である株式会社マスターさんとのコラボレーションとお聞きしています。「せっちゃん」が誕生した経緯などについて教えてください。

長岡:
私が「一宮市三岸節子記念美術館」に赴任して5年になりますが、ご来場される方は、三岸節子の古くからのファンであるご年配の方がほとんどでした。

若い方にはあまり知られていませんが、三岸節子は、女性洋画家として初の文化功労者となった日本を代表する偉大な画家のひとりです。

そこで、一宮市の若者や子ども達に三岸節子を身近に感じてもらえるようなマスコットキャラクターを考案することにしました。

株式会社マスターさん、デザイナーの山下ほたるさんにご協力いただき誕生したのが「せっちゃん」です。当館が所蔵する、三岸節子の20歳の自画像がモデルとなっています。




バッジマンネット:
地域の価値ある人物や歴史などは、地元の人達は意外と見落としてしまいがちなのでしょうか?

長岡:
そうですね。既に三岸節子のことを知っている方に、遠くから何度も足を運んで頂いている一方で、長く一宮に住んでいても、全く知らないし興味もないという人が多いように感じます。

ですから、まずは美術館に足を運んで頂くために、三岸節子が大好きだったベネチアや長く暮らしたフランスにちなんだコンサートなどのイベントを開催し、美術館の間口を広げてきました。

私は生まれも育ちも一宮ですが、三岸節子とその作品には「一宮市」が誇る唯一無二の歴史的、文化的価値があると信じています。

コンサートや企画展、子ども達が楽しめるようなワークショップ、そして「せっちゃん」を通じて、三岸節子に興味を持って頂けたら良いですね。



子どもから大人まで大人気の「せっちゃん」と「おばけのマール」。缶バッジが美術館に足を運ぶきっかけになれば嬉しい。


バッジマンネット:
「せっちゃん」の缶バッジはとても可愛らしいですね。みなさんの反応はいかがでしたか?

長岡:
最初は10種類の缶バッジをテーブルに並べて販売していたのですが、ガチャガチャに入れてみたところ、子ども達の反応が抜群に良くなり、売上が倍増しました。

気に入ったデザインの缶バッジが出てくるまで何度もガチャガチャを回してしまうからかもしれませんね。

私たち公立美術館は、税金によって運営していることもあり、多くの宣伝費用をかけられません。

そのような事情もありますので、単価が安いにも関わらず、大きな宣伝効果が期待できる缶バッジはとても良いと思います。




バッジマンネット:
子どもだけでなく、大人も何度もガチャガチャを回してしまいそうです。一宮モーニングとのコラボレーション企画「マールモーニング」の缶バッジについて教えてください。

長岡:
「おばけのマール」は、三岸節子の夫「三岸好太郎」の出身地である札幌をテーマにお話が繰り広げられる、札幌の子ども達に大人気のご当地絵本です。

平成20年に発行されたシリーズ4作目には「三岸好太郎美術館」が登場し、昨年(令和3年)には、好太郎の妻である節子の出身地、一宮を舞台にした「おばけのマールとモーニングのあとで」が出版されました。

この出版にあわせて、当美術館では、7月10日から9月1日まで「さっぽろからやってきた!『ぼく おばけのマール』絵本原画展」を開催しました。




さらに、本展と一宮モーニングがコラボした企画が「マールモーニング」で、モーニングを召し上がったお客様には「おばけのマール」の缶バッジをお渡ししてきました。

喫茶店で「マールモーニング」を知って、美術館に足を運ぶという新たな流れができたので、良い取り組みだったのではないでしょうか。

9月1日に企画展は終了しましたが「マールモーニング」とおばけのマールの缶バッジは大好評で現在も継続しています。



どんな時代も変わることのない「歴史のなかにある普遍的な価値」を伝えていきたい。


バッジマンネット:
三岸節子の夫も画家だったのですね。夫婦それぞれの故郷に美術館があるのは珍しいのではないでしょうか?

長岡:
画家として活躍する夫婦は数多くいらっしゃいますが、夫婦それぞれの名前が付いた美術館が建設されるケースは世界的にも非常に稀だと思います。

現在は、非常に高い評価を得ている好太郎ですが、節子との結婚から10年、31歳という若さで亡くなり、一時的に「三岸好太郎」の名は洋画界から完全に消えてしまいました。

その後、節子が画家として成功を収めるなかで、夫の才能にあらためて気付き、散在してしまった220点の作品を集めて、好太郎の地元である北海道に寄贈し「北海道立三岸好太郎美術館」が誕生したという経緯があります。




バッジマンネット:
「三岸好太郎美術館」は、節子の尽力があって建設されたのですね。最近は、現代アートの値段が上がっているようですが、美術品の価値というものは時代によって変わるものなのでしょうか?

長岡:
確かに、日本の現代アートの値段は凄まじい勢いで上がっている印象がありますが、投資のひとつとして購入する人が増えたという時代背景もあるのかもしれませんね。

ただ、「作品の価値」というものは、画家が亡くなって何年か経過してようやく固まるものかもしれません。

現代アートの中からそうした価値を見出していくのと同時に、歴史のなかにある普遍的な価値を伝えていくのが私たちの使命だと思っています。



「ベビーカーでミュージアム!」で美術館デビューをサポート。子ども達が「一番最初に訪れる美術館」でありたい。


バッジマンネット:
日々、さまざまな取り組みをされている「一宮市三岸節子記念美術館」ですが、今後の展望などについて教えてください。

長岡:
12月には、ベビーカーや抱っこ紐を利用しているお子さんの保護者を対象にした「ベビーカーでミュージアム!」を開催しました。

一般的に美術館では、大人に向けたガイドツアーが中心ですが、まだ言葉を話さない赤ちゃんも、絵を見ると声や身体でさまざまな反応を示してくれます。そんなお子さんの反応も含めて楽しんで頂けるイベントを今後も企画できればと思っています。

「赤ちゃんが泣いたらどうしよう」「子どもがうるさいと迷惑かしら」と美術館から足が遠のいている保護者の方も気兼ねなく作品を鑑賞して頂けたらと思います。




バッジマンネット:
海外では、普通に会話ができたり、お気に入りの作品の前で座り込むなど自由に楽しめる美術館もあるようですが、鑑賞の仕方も変わってきているのでしょうか?

長岡:
確かに「美術館は静かにじっくり鑑賞する場所」というイメージがありますが、作品に対する感想や意見を言い合うことは決して悪いことではありません。

「ベビーカーでミュージアム!」のように、世代を超えて多くの方々が美術館へ気軽に足を運べるように「今は騒いでも大丈夫だよ」という日や時間を設けていけたらと考えています。

そして何よりも、地域に根ざした地元の人達に愛される美術館でありたい。子ども達が「せっちゃん」のガチャガチャを回して、三岸節子と出会い、作品の鑑賞を通じて、地元一宮に誇りを持ってもらえたら嬉しいですね。