石油王として名を馳せた、アメリカで最初の億万長者ロックフェラーは、いつもジャケットのポケットに10セントコインを潜ませておき、いく先々で子どもたちに「10セントずつコツコツとお金を貯めなさい」と告げて回っていたそうです。
しかしながら、その行動はマスコミ向けにPR担当が生み出した企業アピールのパフォーマンスに過ぎず、実際には彼らがたとえ10セントずつ毎日貯金したとしても、10年かけて365ドルにしかなりません。
そもそも、ロックフェラーが実業家として成功したのは、毎日10セントを貯めて暮らすような貧しさから抜け出すために、時には借金しながら投資と失敗を繰り返し、そこにおける人との出会いの流れの中で、石油精製事業の専門家と知り合ったことが大きな転機となったのです。
「勤勉に努力し、無駄遣いせず、真面目に働きなさい」と言いますが、例えばスタンフォード大学の研究では、個人のキャリアの8割は予想もしない偶然によって決定されるということが明らかになっているそうです。
しかも、この研究結果が発表されたのは今から20年以上も前ですから、現在、SNSなどを通じて表現する場や人と出会う場が爆発的に増えている社会では、もしかしたら現代人のキャリアの9割くらいは、思いがけない偶然によって左右されているのかもしれません。
こういった偶然を、成功したのちに人々は「幸運」と呼び、多くの場合、それは前出のロックフェラーと同様、人と人との出会いによって生まれているそうです。
つまり、幸運をつかむためには人に「知られる存在」になる努力をすることがまず第一で、缶バッジのような人の目につくアイテムを身につけることは、人とのつながりから幸運に出会う流れの中に身を置く手助けとなるでしょう。
就活の面接は缶バッジを胸につけてのぞむ。
とはいえ、まず新しく人に自分を知られるのには不安がつきものです。よくない結果をもたらすのではないかと思うものですが、そのリスクは私たちの想像よりも小さいことが多いようです。
その一例として、よく身につけている人を見かける缶バッジの一つでもあるマタニティマークがあります。
2006年に誕生してから10年後、その実態についてまとめられた調査報告では、身につけた経験のある人に対して「マタニティマークを身につけていることで、周囲のやさしさやサポートを感じたことはありますか?」という質問に「ある」という答えが70.9%に上りました。
また、回答者の63.5%が「妊婦が不快な思いや身の危険を感じることがある、という話を聞いたことがある」と答えながら、実際に不快な経験をしたのは9.7%にとどまっていたそうです。
大半がマタニティマークをつける上でネガティブな話を耳にしていますが、実のところそういった嫌な思いをした人は一握りで、その7倍多くの人が聞いていた話とは真逆の、良い経験をしています。
このようにしてマタニティマークは、登場から15年を経た今もキーホルダーや缶バッジとなって、広く使われ続けています。
マタニティマークのように、いざ缶バッジを身につけるなど行動を起こすことが、コツコツと密かに頑張っているだけでは手にすることができないような喜びを運んできたりするものです。
なかなか自分を知ってもらうチャンスが掴みづらい場面として、日本の就職活動なども挙げられます。
学生が皆、同じような髪色でワイシャツにスーツをまとい、自分をわかりやすく知ってもらう手段は非常に限られていますが、そういった場面でクリエイティブな職種を中心に缶バッジを用いた自己PR戦略がスタートしています。
ある芸術系の学生さんは、自作の缶バッジをポケットにしのばせて就職の面接に臨むそうです。
芸術系の学生が面接を受ける場合、自分の作品を1冊にまとめてポートフォリオとして持っていき面接官に渡すのが通常ですが、こちらの大学の学生さんは、面接に缶バッジも持参するのだと言います。
そして、面接の中の自己PRができるタイミングで、おもむろにスーツのポケットから缶バッジを手にとり、実際のモノを企画提案する要領でプレゼンテーションを行います。
というのも、ビジネスの世界では良いモノをつくれることに加えて、それを魅力的に企画提案する力が大きな武器になるため、缶バッジを用いてその力を面接官にアピールできれば、ポートフォリオを提出するだけの他の候補者と差をつけることができるのです。
こうした活用事例が増えているのには、SNSのアイコンで個人のアピールすることをするのも見るのも慣れている背景があり、同じようにデザインできる缶バッジが使いやすくなっているという面もあるかもしれません。
「アイコンを変えたら誰かわからなくなった」というのはTwitterなどでは非常によくある出来事で、SNSを通じたネットワークの中では、アカウントの缶バッジのような丸いアイコンによってお互いに認識し合っています。
SNSのアイコンと似た感覚で、缶バッジの丸いスペースで自分を主張してみるのは、リアルな場で相手に自分を知ってもらい、覚えてもらう絶好のツールになります。
うまくいかないことを自分のせいにすると、幸運は逃げていく
私たちは普段、「うまく答えられなかった」だから「面接に落ちた」など、自分の行動だけで因果関係を結びつけて、自分のせいにしてしまいがちです。
しかしながら、うまくいかないことを自分のせいだと考えてしまうと、落ち込んだり、内に閉じこもったりしてしまい、人との出会いをさらに遠ざけ、結果的に思いがけない偶然を得られる可能性を下げてしまいます。
成功者の言う「コツコツ努力した」だから「億万長者になった」が多くの場合事実とは異なるように、悪い結果においても自分の行動はほんの一つの要因に過ぎず、ほとんどは誰かの目に止まったかどうかといったような、人との出会いにおける偶然によって左右されています。
運の良い人は人の流れの中に身を置き続けるため、人との出会いの中で回り道をしたり寄り道したりしながら、ジグザク・キャリアを歩んでいることが多いとも言います。
まず一人の人に自分を知ってもらうことで、その知り合い、またその知り合いにつながるなどして、ある日突然「ちょっと人を探しているらしんだけど、どう?」というような仕事の話が舞い込んできたりするのです。
しかも最近では、SNSで自分をよく見せようとする時に使われる「盛る」「映え」などはもう時代遅れになり、よりリアルに近い感覚で自己主張をする風潮にあります。
こうした流れの中で、SNSと並行して缶バッジをポケットに潜ませ、リアルライフにおいても等身大の自分を人にアピールすることが、幸運な成功者への大きなステップとなるかもしれません。
参考書籍:
マックス ギュンター (著), 林 康史 (翻訳), 九内 麻希 (翻訳) 「運とつきあう―幸せとお金を呼びこむ13の法則」、日経BP; 1st edition、2012年
黒田 悠介「ライフピボット 縦横無尽に未来を描く 人生100年時代の転身術」インプレス、2021年