「広告費は、つまらないサービスをつくったことへの罰金だ」
これはFacebookの創設者マーク・ザッカーバーグの言葉で、発言があったのはおよそ10年前のことです。
当時、既にテレビの視聴者もコマーシャルをスキップした録画を見るようになっていたにもかかわらず、まだまだ多額の広告費がマスメディアに投入されていました。
マスメディア広告が主流だった背景には過去数十年、企業のマーケティングにおいて「一人でも多くの消費者にリーチすること」が最重要とされていたことがあります。
しかし、消費者が「見たいもの」以外を見ずにいられる状況において、もはやマスメディアで広告費に見合うような結果を生み出すことが難しいのは事実です。
一方で、誰もが知っているようなモノやサービスが、実はほとんど広告費に頼らずに発展したものだったりもします。
例えば、マスメディアによる広告をあまり利用しないことで知られているのがスターバックスです。
スターバックスはそもそも本国アメリカで、テレビCMを打ったものの満足な効果を得られなかったという苦い経験があり、そこで日本に上陸した当初、心地よい空間づくりやテイスティングを通じて、目の前のお客様との関わりを深めることに注力しました。
結果、ロゴの入ったカップを見せびらかすように街を歩く人がスターバックスの広告塔のようになって、その名がみるみるうちに拡散したのです。
人から見られている感覚は、私たちの根源的な承認欲求を満足させてくれるため、企業は良い商品やサービスの開発と合わせて、それを消費者が発信できるようなツールを提供することが重要です。
そして、缶バッジも一つの「見せる」ツールとして積極的に活用されています。
発信するのは「いいね」のためだけではなく、居場所を見つけたいから
私たちの他人に承認してもらうことへの欲求は、誰でも20〜30代の頃に必然的に高まるようになっているものだそうです。
とはいえ、誰もが不特定多数の多くの人に「いいね」をもらいたいわけではなく、多くの場合は、自分を認めてもらえそうな居場所を見つけたいという気持ちであって、それが自分の好きなものを発信してみるという行動につながっています。
昨今では「LGBT」や「Black Lives Matter」のように、その一言から世界に広がっているメッセージがあります。
これまで沈黙してきた一人ひとりがそれぞれの意見や経験を語り出したと同時に、歩くメディアとして虹色を身につけ、あるいは拳を突き上げるイラストの缶バッジを身につけるなどして、自分の居場所を感じているのです。
LGBTの虹色は旗にハートにピースサインに、各々が好きなデザインに加工して広めることができ、缶バッジにおいてもその表現の幅が広いメッセージの一つです。
このような一般の人々にとって、工夫のしやすいメッセージであることは、その広まりやすさにおいて欠かせないポイントだと言えるでしょう。
実際、ディズニーの映画「アナと雪の女王」で主題歌「Let It Go」が大ヒットしたのは、かつてあり得なかったほどにディズニーの投稿動画に対するコントロールが寛容だったからという理由もあるそうです。
消費者が見たいものを編集したり、発信したりできるようになったことで、消費者からブランドが自然発生的に広まり、発展する可能性は膨らむばかりです。
これからモノやサービスがヒットするかどうかは、例えば消費者が自分で缶バッジをデザインしたくなるような、自分を「見せる」きっかけになるものを企業側が送り出せるかどうかにかかっているといっても、過言ではないのかもしれません。
消費者が自ずと育ててくれるコンテンツを提供する
かつてのテレビCMのように広告費を投入すれば、多くの人にリーチできるという時代でないというのは、誰もが感じていることです。
一方で、巨額の広告費をかけずとも、消費者に育ててもらうことを意識したモノやサービスは、市場に広く受け入れられるようになっています。
例えば、テスラの自動車は走る人のデータに基づいてソフトウエアがアップデートされ、進化する車です。テスラは広告費にたったの1ドルも費やしていませんが、テスラに乗る人の多くは喜んでデータを提供し、テスラはますますファンを増やしています。
それは昨年、テスラの時価総額が、日本一位の時価総額を誇るトヨタを上回ったことにも見て取れるでしょう。
同様に、現在200を超えるユニコーン企業を抱える中国で、多くのITベンチャーがやっていることは、最もシンプルな形でアプリを世に送り出し、使う人のデータやフィードバックによってアプリ内に組み込めるサブアプリのようなものを増やしていくというサービスです。
そのようにして、消費者が自分でアプリを成長させながら、企業とともにサービスの規模を拡大して成長をさせていくのです。
今の社会、SNSを1日に1回以上使っている人は7割になるといいます。
こうした状況下で、企業と消費者の境目はどんどん薄くなり、消費者が自分のコンテンツとしてサービスやモノをSNSや缶バッジ等に載せて発信するようになれば、確かに広告費も必要ないのかもしれません。
おそらく、広告費を増やさなければならなくなるということは、市場からなくなっていかざるを得なくなっているサインの一つでもあるのです。
モノにおいてもサービスにおいても、外側から情報を浴びせるよりも、使ってみる、持ち歩く、育てるという行動から自然と愛着が湧くコンテンツをつくりましょう。
缶バッジにして身に付けると嬉しい気持ちになるような、人々の「自分」の一部になるにはどうすればよいかを、企業はより真剣に考えていかなくてはなりません。
参考書籍
本田哲也、田端信太郎「広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。」ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014
飯髙悠太「僕らはSNSでものを買う」ディスカヴァー・トゥエンティワン、2019
尾原 和啓「ITビジネスの原理 Kindle版」NHK出版、2014