GoogleのオフィスにPlayStationが置いてあるように、自宅に限らず職場にも大人のための遊び場がつくられつつあるようです。
大人になったら遊びは卒業ではなく、缶バッジも含め、子どもが遊ぶようなことを大人になっても堂々と遊べる場が増えてきています。
クリエイティビティに関するさまざまな研究により、お風呂、トイレ、布団の中など、リラックスできる場所の方がいいアイデアが浮かんでくるというのは広く知られるようになりました。
逆にそれ以外の場所では、朝から晩までやるべきタスクや責任などで張り巡らされ、ふとおもしろいことが浮かんでくるような状態にならないということなのかもしれません。
さらにコロナになって以降、“自粛警察”といった言葉も生まれ、「正しい」「正しくない」の意見が飛び交うようにもなり、私たちは暮らしの中で「正しさ」を今まで以上に意識し、気の休まらない日々を送っているような気がします。
正しくないかもしれないけれど、「ワルかわいい」絵本が缶バッジで広まる
実は、缶バッジのよく使われる場の一つに「書店」があります。
電子書籍やネットショップに押されて書店の生き残りが難しいと言われている中、エンターテインメント性に力を入れている書店ほど頭角を現し始めています。
中でも絵本の売れ行きは順調で、書籍の売上の下降傾向や少子化にも負けず、コロナ禍でさらに売上を伸ばしているそうです。
そうした背景には絵本の世界をおもしろくしようとしている人々があり、例えば「夏目友人帳」などのマンガを手がけてきた白泉社から出版された絵本「ノラネコぐんだん」シリーズ(工藤ノリコ作)も大ヒットしています。
この絵本は、白泉社のマンガ編集で培われた「とことんおもしろい」を追求してつくられた絵本なのだそうで、ストーリーの中で大胆ないたずらを試みる“ワルかわいい”「ノラネコぐんだん」のキャラクターは大人の書店員にも人気です。
そして、ついに「ノラネコぐんだん」ファンの書店員の発案で、売り場でキャラクターの缶バッジをつくるイベントをするまでになりました。
ノラネコぐんだんの「おもしろさ」を広める活動として、書店員はノラネコぐんだんの塗り絵でつくる缶バッジのイベントを積極的に行なっており、多い時には書店に100人もの親子が集まることもあるそうです。
子どものイベントでは工作などのワークショップ型のものが人気ということもあって、『缶バッジづくり』が喜ばれるということもあります。
それに加えて、子どもが親しむ絵本の場合、おもちゃや食事の道具、缶バッジなどのお出かけグッズで子どもの身近に大好きなキャラクターを増やすことで、親子にとって日々の習慣や外出が楽しくスムーズになるメリットがあるのです。
絵本には、かつての教育的・道徳的なところから、今では親と子が楽しめて仲良くなれる時間としての価値が優先されるようになっており、「1万部売れればヒット」といわれる中、「ノラネコぐんだん」シリーズは累計100万部超を記録しています。
絵本の傾向は書店そのものにも映し出され、これからますます「おもしろい」書店が人を集めるようになっていくことでしょう。
「正しい」アイディアは存在しない。「面白い」アイディアが存在するだけだ。
「正しい」という考え方について、昔から広告業界では「君の言っていることは正しいけれど、おもしろくない」という定番のダメ出しがあるといいます。
広告業界にみられるように、実際に私たちの購買行動は「正しい」よりも「おもしろい」というような、シンプルな感情体験に基づいていることが多いのだそうです。
人が本能的には「正しさ」よりも「おもしろさ」に重きを置いて行動しているにもかかわらず、ビジネスの中で「正しさ」に縛られすぎて、より大きなインパクトをもたらすであろう「おもしろさ」が発揮されずにいるとしたら、もったいないことだと思います。
そもそも、「正しい」だけでビジネスが成り立たないのは「正しい」ことはその企業に特化して正しいわけではなく、他の企業にとっても正しい場合が多いため、「正しさ」によって人々に「この会社だから」と選ばれる理由にはなりにくいからです。
「面白きことも なき世を おもしろく」
これは幕末に、幕府に反する有志を募って進撃し、奇兵隊のリーダーとして倒幕への道を切り開いた高杉晋作が、この世を去る間際に詠んだものです。
いつの世もきっと、大人になるとやらなければならないことがたくさんあり、そもそも面白くないことの方が多いのが現実ですが、それをおもしろくしていこうという気持ちは思うよりも大きな力で周囲を動かすのかもしれません。
絵本といえば、先日逝去された作者のエリック・カール氏の著作「はらぺこあおむし」もキャラクターの缶バッジやおもちゃなどのグッズが大人気でした。
エリック・カール氏は鮮やかな色遣いで子どもたちを驚かせながら、自らの子ども時代を顧みて「戦争中は色がなかった。全ては灰色と茶色だった」と話したことがあったそうです。
コロナによって楽しめたことが楽しめなくなってしまった時代だからこそ、ビジネスの中にもおもしろくしていこうという気持ちが、もっと堂々とあっていいのかもしれません。
缶バッジでおもしろさを広めている取り組みを伺うと、「正しさ」と同じような熱さで「おもしろさ」が語られるようになる時代は、そう遠くないような気がしています。
参考書籍:
岩井琢磨 (著), 内田和成 (監修) 「物語戦略」 日経BP、2016
三島 邦弘「計画と無計画のあいだ:『自由が丘のほがらかな出版社』の話」 河出書房新社、2011