「オーガニック」「国産」あるいは生産者の写真など、私たちは何かを購入するのに自分の好む情報に左右されています。
消費者が生産者から遠ざかり、習慣や思い込みで購入を決めがちな「川下問題」は今の情報化社会に限ったことではありません。
クラフトビールで有名なニューヨークのブルックリンでも、かつてマイクロブルワリーの成長を阻んでいたのは市場を独占していた大手ビールメーカーではなく、「大手メーカーのビールの方がいいに違いない」という “消費者の思い込み” だったそうです。
まだ「ブルックリン」も「クラフトビール」もブランドではなかった90年代、ブルックリンブルワリーがまず始めたのは、ニューヨークのストリートフェアに露店を出して、クラフトビールを地元の人々に直接販売することでした。
ニューヨークでは春から秋にかけてストリートフェアが盛んで、市内のあちこちが週末には歩行者天国になり、露店が立ち並びます。
そもそもニューヨークでストリートフェアが興ったのは100年以上も前だそうで、バンドの生演奏、アーティストの作品、多国籍なフード屋台などなんでもありのこのイベントは、既存マーケットへの挑戦の場でもあるようです。
新しい商品であれば、それを好きそうな人に向けてSNSなどインターネットを使ったアプローチするのが効率が良さそうに思われがちですが、実は街のイベントのようなリアルな場の方が新しいきっかけが生まれやすいのです。
事実、自分を深く知る人よりも、ちょっとした知り合いからの方が、いい仕事の紹介やいいアドバイスをもらいやすく、得られる利益が大きいという研究結果が発表され、「弱いつながり」という言葉も聞かれるようになりました。
“ちょっとした知り合い” というとインターネット上のバーチャルな人間関係かと思いきや、むしろ逆。インターネットは個々のネットワーク内だけの「強いつながり」をつくる場として向いています。
自分で選択もブロックもできないリアルな場にこそ、偶然の出会いから「弱いつながり」が生まれやすく、新しい情報やチャンスに恵まれるのです。
とはいえ、見た目で比較が難しいビールのように、リアルな場でパッと見ただけでは販売に結びつきにくい商品やサービスは多くあります。
「最初に心をつかむ」ことが偶然の出会いの確立を上げるのはいうまでもなく、前出のブルックリンブルワリーの場合、ビール瓶のラベルのデザインを「I❤️NY」の生みの親として知られるトップデザイナーに頼みこんだそうです。
ラベルのように一目で「ワクワク」感が伝わる缶バッジも、これまで数々の企業で、リアルな場でより多くの人の興味を引くきっかけとして活用されてきました。
EC市場が急成長し、それによってリアルな店舗の価値が見直され始めていますが、コロナ以前から既にインターネットショッピングが定着していた書籍の分野では、リアルな人とつながるためにどのように缶バッジが使われてきたのかというと…。
あるアウトドア雑誌の出版社は、書籍のデジタル化と同時に、まだ雑誌を知らない人たちに雑誌の世界観を感じてもらうために野外イベントを開催し、そこで缶バッジづくりのブースを出してきました。
缶バッジが、アウトドア好きな大人に連れられて来た子どもたちとのタッチポイントになり、次世代へとファンを増やしています。
また別の出版社は、書店にて絵本のキャラクターの塗り絵を缶バッジにしてプレゼントするイベントを全国で開催しています。
それは出版社側と書店側の人をつなぎ、また書店スタッフと子どもたちや親御さんをつなぎ、リアルな人を介してそのキャラクターの絵本のセールスを伸ばしています。
缶バッジによる「ワクワク」感が弱いつながりをつくり、川上の出版社から川下の消費者までをつなげ、新規開拓に大きく貢献しています。
これからさらにECが普及すると、宣伝文句やレビューのみならず「おまかせ」による買い物の効率化が進み、予期せぬチャンスをどんどん奪っていくはずです。
ニューヨークのストリートマーケット「Brooklyn Flea」の創設者は、ストリートマーケットのようなイベントを「人々が道を歩いているだけで自動的にお客さんになる場」と述べていました。
コロナ禍が収束した先、ありきたりに飽きた消費者は自分の好みに合わせて導かれるネットの閉ざされた世界から外に出て、リアルな場にある偶然を求めるようになるでしょう。
コロナで私たちが今一番息苦しく感じるのは、つながりたい世界としか、つながれなくなりつつあることなのかもしれません。