店舗を所有せず、家賃や光熱費などのコストを押さえた上で、全国の消費者をターゲットにビジネスを行うことができる点で優れているネット通販事業。

しかし、ほとんどの作業を屋内で行うことができ、顧客と顔をあわせる機会も少ないため、ユーザーとの長期的な信頼関係を築いていくという点に関しては、店舗での営業と比べると難しいのかもしれません。

そうした状況の中、消費者との接点を作るために、地域で行われているイベントに積極的に参加しているのが、株式会社あぶらびです。



左手の男性が、株式会社あぶらび代表の田口智章さん。右手の女性は、似顔絵缶バッジでコラボをしているイラストレーター兼漫画家の長澤真緒理さん。

普段はネット通販を主として、子ども用の文具や玩具、そして雑貨類の販売活動を行なっている株式会社あぶらび。

物販会社といえば一般的に、何かを売って活動することが多いのですが、あぶらびが開いている物販ブースには販売している品物がほとんどなく、大部分が子ども向けのゲームやくじなどで占められていることが特徴的です。

もちろん、通信販売と比べると手間やコストもかかりますが、今では事業を行う上で、地域イベントへの出店は欠かせないものとなっているとのこと。

そこで役立っているアイテムの一つが缶バッジなのだそうで、今回は代表の田口智章さんにお話を伺います。



物販スペースは、ものを売るための場所ではなく、顧客とコミュニケーションを取る場所として活用できる


「もともと、地元の商工会議所青年部に入っていた関係もあって、地元の蕨市(わらびし)のイベントに呼んでもらえる機会があったんです」

「ネット通販の世界って、下手すると引きこもって、ひたすら他の人とは一切会話をしなくても済んでしまうところがあるんですよ。実際、お客さんと交流する機会がほとんどなかったので、直接お客さんとコミュニケーションがとれる地域のイベントを、事業として大切にしていこうと考えたんです」

「今年で5年目になるんですけど、はじめのうちは『蕨人(わらんちゅ)』という蕨商工会議所のキャラクター商品を中心として販売していたんです。でもそれだけだと、大人の方としか接する機会が持てなかったんですね」




「たしかに、実際に商品を買ってくださるのは親御さんとか大人の方かもしれないですけど、キャラクター商品を扱っているということもあって、あくまで私たちのメインのお客さんは子どもたちなんです」

「だから少しでも効果的に、子どもたちにブースに立ち寄ってもらえればと思って、参加型のゲームなどを増やしたりしていきました」

「普段は目に見えないところで活動している分、イベントなどの場では子ども達に楽しんでもらいたいという思いがあったんです」





現在、缶バッジとコラボを行なっている似顔絵体験もその取り組みのうちの一つで、ブースに来てくれた人が喜んでくれるように、イラストレーター兼漫画家である長澤真緒理さんに本格的な似顔絵をお願いしているのだと言います。

「本当にクオリティの高い絵を描いてくれるので、描いてもらった子たちが皆んなびっくりするんですよ。軽い気持ちで参加する子が多いんですけど、長澤さんの似顔絵って、描いてもらった人が凄く喜んでくれる満足度合いが高い作品なんです」




その他にも、普段子どもたちと一緒に活動をされているNPO団体「ユメキッズ」さんにもブースの運営を協力してもらっていたりなど、子どもたちにとって居心地が良くなるような工夫がなされている、あぶらびのブース。

そのように、子どもたちに楽しんでもらうことを重要視して形を変えていった結果、もともとは何かを売る場所という意味合いを持っていた物販ブースが、顧客である子どもたちとコミュニケーションを取るための場所に徐々に変化していきました。



缶バッジを一緒に作る時間が、ユーザーのことを知ることができる時間になる


先述したように、コミュニケーションの場である地域イベントが田口さん達の活動にとって欠かせないものとなっているのは、顧客のことを知ったり、やりがいを感じる場として機能し始めているということが関係しています。

特に、「缶バッジづくり体験」のワークショップというのは、オリジナルの絵を描くところから制作まで一緒に行う作業時間がそれなりに長くなるため、そこで発生する会話の中から、ネット通販で参考になるヒントを得ることができると、田口さんは次のように教えてくださいました。




「缶バッジは、絵を描いたりシールを貼ったりするので、一個作るためにそれなりに時間がかかりますよね。場合によってはお話をしながら進めて行ったり、絵をどうしようという相談を受けながら一緒に進めていくこともあるので、他のゲームと比べてもお客さんとの交流が深くなるんです」

「そういう時に子どもたちが持っているバックや帽子、アクセサリー的なものを見せてもらったり、子どもたちと会話をすることが、商品の仕入れをする時にすごく活きてきます」

「仕入れをする時、画像やレビューを画面上で見ているだけだと、どうしても上手くいかないことがよくあるんですよね」

「その点、ユーザーとして、キャラクター商品などを利用している子どもたちを実際に見ることができるって凄く強くて、実際に子どもたちと接することを通して、流行っているものを知るのが一番役に立つんですよ」

先述したように、コミュニケーションの場である地域イベントが田口さん達の活動にとって欠かせないものとなっているのは、顧客のことを知ったり、やりがいを感じる場として機能し始めているということが関係しています。






「この前は来てくれた子が、まずお母さんの絵を描いて、次におばあちゃんの絵も描くって言って缶バッジを作ってくれました。そしたらお母さんとおばあちゃんが大喜びで、すごく感謝していただけたんです」

「缶バッジは子どもが真剣に取り組んでくれるものでもあるので、出来上がったものを完成品として喜ぶ子どもを見たり、それをもらった周りの家族の方からも感謝されるっていうのは、凄くやりがいにも繋がりますね」




消費者からすると、どんな人がその商品を売っているのか分からないネット通販ですが、それは販売している側も同じで、商品を配送した相手がどのような表情や反応をしているかは、基本的に確認することができません。

そのため、ずっと屋内で作業を続けているだけだと、人のために何かをしているという実感や、やりがいを感じにくい部分があることも事実なのでしょう。

その意味では、顔を合わせて顧客と双方向のやり取りができるイベントの場が、田口さんたちにとって欠かせないものになりつつある事にも納得がいきます。

事業者と顧客をリアルの場でつなぐ仲介役として、缶バッジが活躍しているようです。