コーヒー好きであれば、コーヒーマシンをオフィスに無料で貸し出す「ネスカフェアンバサダー」 というプログラムを耳にしたことがある人も多いことでしょう。

現在、登録者数が40万人以上にも広がっているこのプログラムの影響もあり、コーヒーマシンがオフィスにある風景は馴染みのあるものになりました。

しかし興味深いのは、貸し出したコーヒーマシンがネスレに関する口コミの生まれるきっかけとなり、結果的に、家庭用に販売しているコーヒーマシンの売り上げにも繋がっているということです。

実際、2012年のプログラムの始まりから1年後には「ネスカフェゴールドブレンドバリスタ」の売り上げが200パーセントほど伸び、プログラム開始時に150万台ほどだったマシンの累計販売台数は、2019年現在では500万台以上にまで伸びています。

そこで今回は、ネスレの取り組みを確認しつつ、その中で缶バッジを応用できる方法を模索してみましょう。



帽子やカバンなど、目のつきやすい場所に柔軟に付けることができる缶バッジは、人と人との会話を生むきっかけとなりやすいツールであるため、口コミを生かしたネスレの取り組みと親和性があるかもしれない。

ネスカフェアンバサダーの始まりは、2010年の年末まで遡ります。

その当時すでに、ネスレの「ネスカフェゴールドブレンドバリスタ」というコーヒーマシンは大ヒット家電の一つとなっており、家庭向けコーヒーの市場シェアを70%ほど獲得しておりましたが、家庭以外の市場のシェアは3%ほどしかありませんでした。

そこでネスレが目をつけたのが、オフィスでのコーヒーの需要です。

マシンを職場に置きたいと考えた個人(アンバサダー)に無料でマシンを貸し出し、定期的なコーヒーの購入や代金回収を管理してもらうというネスカフェアンバサダーのビジネスモデルは、この時に生まれました。

興味深く感じるのは、このビジネスモデルがあくまでも、コーヒーカプセルの定期的な消費・購入によって収益をあげることを目的としたものであるという点です。

つまりもともとは、家庭用マシンの販売台数を伸ばすために導入されたものではありませんでした。

その背景には、マシンを売って利益をあげるのではなく、コーヒーを継続的に購入してもらうために、家庭以外でのコーヒーのシェアを拡大するという、食品メーカーであるネスレならではの目的があったのです。




そのビジネスモデルにより結果的にマシンの販売台数が増えたことには、職場で同僚たちとコーヒーマシンを囲む時間が、ネスレの口コミが広がる場として優れていたという理由が挙げられます。

例えば、アンバサダーからの写真やコメントが投稿されている「アンバサダーVOICE」というページが、ネスカフェアンバサダーのサイトにあります。

そこには、オフィスにマシンを設置してから、コーヒーを淹れる待ち時間の間に、マシンの周囲でコミュニケーションが生まれるようになったという声が多く寄せられているのだそうです。




基本的に口コミは、何かのきっかけがないと始まりません。

しかし、マシンの周囲でコミュニケーションが生まれれば、アンバサダーは使い方などを同僚に説明することになるため、ネスレという企業やマシンについての口コミも自然と生まれることが考えられます。

また、40万人以上ものアンバサダーがいるため、一人につき、その周りでコーヒーを飲んでいる人が10人程度いると計算すると、毎日400万杯ものネスレのコーヒーが、オフィスの中でテイスティングされていることにもなるのです。

ネスレの話をアンバサダーから実際に聞いた上で、コーヒーの味を知って美味しいと感じてもらうことができれば、家庭用に購入する消費者が増えることも不思議なことではないのでしょう。




口コミが広がるきっかけとなる場所と、ネスレのことを伝えてくれるアンバサダーにより、ネスレはコーヒーマシーンの販売台数を伸ばすことができたわけですが、この口コミが広がるきっかけというのを意図的に作った例もあります。

それは、iPodを発売するときにアップルが行なった工夫です。

当時、iPodは数千曲の音楽をデータとして運ぶことができる画期的なものでしたが、すでに、音楽をイヤフォンで聞くという文化は普及していました。

その中でシェアを拡大していくために行われたのが、イヤフォンとコードの色が「黒」だったものに対して、あえて「白」を使い、消費者の目を引くように他社製品と差別化を図ることだったのです。

そうした工夫が「それはどこのイヤフォン?」などの会話が生まれる一つのきっかけとなり、iPodを身につけたユーザーがアップルの広告塔となるような形で、口コミを広げてもらうことに繋がりました。




このように、ユーザーが口コミを広げてくれるきっかけを意図的に作るという工夫は、他の状況においても応用ができるはずで、弊社のお客様の中にはそこで缶バッジの強みをうまく活用している方もいらっしゃいます。

例えば、横浜市の本牧地区に拠点を起く、八聖殿郷土資料館がその例の一つです。





八聖殿郷土資料館が企画している、歴史的な場所を歩き回る「歴史散歩」という取り組みには、もともとは20名ほどの参加者しかいませんでしたが、参加者に特典として缶バッジを配るようになってから、現在では年間450人ほどまで参加者が増えています。



歴史的な建造物がプリントされている八聖殿郷土資料館の缶バッジ。この缶バッジがきっかけに会話が始まると、自然と八聖殿郷土資料館の歴史散歩の話も共有してもらうことができる。

館長の相澤さんによると、缶バッジを渡したお客さんは、他の団体が主催している歴史散歩にもそれを付けたまま出かけてくれるため、歴史好きが集まるイベントでは、「それはどこの歴史イベントでもらったんですか?」という風に、自然と相澤さん達が主催している歴史散歩の話が始まるのだそうです。

このタイミングがまさに、口コミが広がるきっかけとなり、相澤さんたちが主催する歴史散歩は、お客さんが新しいお客さんを連れてきてくれるという形で広がっていきました。

また、相澤さん達が企画している歴史散歩は、歩く場所を参加者のアイデアから決めていることもあり、企画作りに協力してくれた参加者は、口コミも積極的に広げてくれたのだと言います。



八聖殿郷土資料館の館長、相澤竜次さん。

口コミを生み出すきっかけとして缶バッジを利用することは、小さくても人目につきやすいという、缶バッジの特性を上手く活かしたものと言うことができるのかもしれません。

特に、歴史散歩のように、お互いに知らない人が混ざり合いつつも、歴史好きという部分で繋がりがある人々が集まる場所においては、歴史的建築物の絵がプリントされた缶バッジは注目を集めやすく、会話のきっかけとして有効に活躍するのでしょう。

デザインや付ける場所を自由に変えることのできることを強みに、口コミを生むきっかけとして活用されている缶バッジ。

新しい顧客と出会うための、一つの活用例として参考にしていただければと思います。