世界中に根強いファンを抱えている世界最大の家具小売業者IKEA。
しかし、そんなIKEAで買える家具は、デザイン性が突出しているわけでも最高品質でもなく、ライバル他社と差別化できるような、これといった特徴があるわけではありません。
IKEAが唯一、他社と異なることは、購入した家具を顧客自らが手間をかけて組み立てなければならないことですが、実はIKEAが成功した背景には、「お客さんに手間をかけさせる」という要素が大きく影響していました。
そこで今回は、IKEAがこれまで実践してきた戦略から学び、缶バッジに応用する方法を考えていきましょう。
IKEAで購入した家具を組み立てるには、分かりにくい説明書を見ながら、同じネジを何度も締めたり緩めたりして、何時間か家具と格闘しなければなりません。
そうしているうちに結局、組み立てるのに予想以上の時間がかかることがよくあるものの、不思議なことに、完成した家具に対して強い愛着を感じるようになり、これはIKEAを利用したことのある人なら誰もが共感できることではないでしょうか。
しかし考えてみると、自分で家具の設計をしたわけでも、木材を切ったわけでもなく、なんなら釘一本すら打っていないにも関わらず、組み立てに数時間の時間を費やしたというだけで、あたかも自分の作品のように誇らしげな気分になるのです。
実はこうした不思議な現象は「イケア効果」と呼ばれており、行動経済学や心理学の世界では「保有効果」として学者の間で広く認知されています。
保有効果とは、自分がお金や時間を投資して獲得したモノに対して、実際以上の価値を感じてしまう心理的バイアスです。
人間の脳は、自分が時間や労力を費やしたモノに対して「これは価値があるに違いない。だって自分がそれに時間を費やしたのだから」と自らの行動を正当化する傾向があります。
つまりIKEAが組立式家具を販売しているのは、この保有心理を逆手に取り、ユーザーが自らの作業を通じてその商品に時間や労力を「投資」したと感じる仕組みを作るためだったというわけなのです。
保有心理を活用したマーケティング手法は、なにもIKEAが初めて行なったのではありません。
例えば、家庭でよく使われるホットケーキミックスにも保有心理が活用されているという聞くと驚くのではないでしょうか。
家でホットケーキを作る際、市販のミックス粉に卵と牛乳を入れますが、この「卵と牛乳を入れる」という行為は、保有効果をマーケティング施策に活用したアメリカの老舗製粉会社、ピルズベリー社の取り組みよって生まれたのです。
ピルズベリー社は当時、アメリカ国内でパイやスコーン用のミックス粉の販売で不動の地位を築いていたものの、なぜかホットケーキミックスだけは全く売れず、同社のマーケティング担当者たちは、頭を悩ませていました。
当時のホットケーキミックスは水を加えるだけという手軽な商品だったのですが、あまりにも手軽なため、主婦たちはまるで自分が料理をサボっているかのような感覚に襲われ、自分が実際に作っていないものを家族の食卓に出す罪悪感から、ホットケーキミックスは主婦に敬遠されていたのです。
そこで、心理学者でマーケティングの専門家であるアーネスト・ディヒター氏が「ユーザーに卵と牛乳を入れる手間をかけさせてはどうか」と提案し、乾燥卵を取り除いたミックス粉を販売したところ飛ぶように売れたと言います。
この提案はまさに主婦の保有心理をついたものでした。卵と牛乳を入れる手間を加えることによって、女性たちがホットケーキを作る作業に関与する余白が生まれ、「自分が作った料理」として認められるようになったのです。
保有効果を活用したこのマーケティング施策の効果が、70年以上経った現在でも持続していることを考えれば、お客さんの「関与」を促すことがどれだけ重要なのかよく分かります。
このようにIKEAやピルズベリー社が行なってきた、お客さんが「参加」できる余白をつくり保有心理をくすぐる取り組みは、缶バッジにも応用できるのではないでしょうか。
例えば、お客さんの「参加」を促すという意味ではイベントの開催が効果的ですが、缶バッジはイベントとの相性が抜群で、弊社のお客様の中には、塗り絵イベントを開催し、それを缶バッジにしてプレゼントするといった取り組みを行なっている方も多いようです。
例えば、世田谷美術館はその例の一つに挙げられます。世田谷美術館では、アート作品を鑑賞した後に自分が感じたことを、絵で表現するという取り組みを行なっており、その絵を缶バッジにして参加者にプレゼントするのだそうです。
また、世田谷美術館では缶バッジマシンで作成した缶バッジにマグネットを取り付けているようで、参加者たちは自分の絵が描かれたマグネット式缶バッジを自宅に持ち帰り飾っていると言います。
自分で組み立てたIKEAの家具を見るたびにIKEAのことを思い出すように、自宅に持ち帰った缶バッジを目にするたびにイベントの参加者は世田谷美術館のことを思い出すでしょうから、単なるノベルティグッズとしての缶バッジも、そこにお客さんが関与する余地を持たせれば、「捨てられないチラシ」として活用することができるのです。
サービス過剰の時代と言われる現代では、お客さんにありとあらゆるサービスを施し、便利なことを前面に押し出す時代ですが、そんな時代だからこそ、お客さんに「手間をかけさせる」ことの価値が高まっているのかもしれません。
そんな時代において、お客さんの参加を促す上で、缶バッジが有効活用されると幸いです。