集客を考える際、よく海外のマーケティング事例が成功例として注目さるものの、実は世界で初めてマーケティングを実践したのは意外にも江戸時代の日本企業でした。

その日本企業とは、大手百貨店の三越です。遡ること1683年、三越は新築移転の際に日本初のチラシである「引札」を発行して江戸の25万世帯に約60万枚を配布しました。

それに加えて、雨の日に「三越」と屋号の入った傘をお客さんに無料で貸し出しを行ない、経営の神様と名高いピーター・ドラッカーは、三越のこうした集客施策を世界初のマーケティングとして高く評価しているのです。

そこで今回は、三越が江戸時代から実践してきた集客ノウハウや考え方からヒントを得て、それらを缶バッジに応用する方法を模索します。



少し意識して家の中を見てみると、勉強机や小物入れの中に、どこかでもらった缶バッジが転がっているのではないだろうか。幅広いジャンルで活用される缶バッジは、あらゆる分野から得たヒントやアイデアを応用しやすいものだと言える。

三越が江戸時代に行なってきたチラシ配布などのマーケティング施策は現代の感覚からすれば特に特筆すべきものではありませんが、注目すべきは、彼らが徹底して露出を増やし、何度も何度も「三越」という文字を顧客に刷り込ませることでした。

三越がこのように露出を増やすことに力を注いできたのは、同じものを繰り返し見れば見るほど、その対象に対して親近感を抱き、好きになるという、人間心理を活用したからで、こうした現象はアメリカの心理学者であるロバート・ザイアンスによって「単純接触効果」として提唱されています。

人間の脳は新しいものに遭遇するとき、これまでとは違う情報処理を行うため大きなエネルギーを消費する一方、慣れ親しんだものに触れる際には、あまり脳のエネルギーを消費しなくて済むため、人間は同じパターンや安定した環境を好むのです。



2016年にアメリカ大統領選が行われた際、カリフォルニア州ラハブラで実際に使われた缶バッジ。缶バッジの本場アメリカでは、「何度も見れば好きになる」の法則が政治の世界でも活用されている。

ここでミソになるのが、脳が起こす勘違いです。ある対象に慣れて、脳内の処理が滑らかになった時、「これだけスムーズに処理できるのだから、私はこれが好きに違いない」と脳が勝手に間違った解釈をし、これが「見れば見るほど好きになる」の正体だと考えられています。

実際、アメリカで漢字を活用した実験が行われました。漢字が読めないアメリカ人を集めて様々な漢字を見せ、その後で、その漢字にどれくらい「良い印象を持ったか」とアンケートをとったところ、その漢字を見た回数が高ければ高いほど、「好ましい」と判断されたのです。

それに日常生活を振り返ってみても、知らない人のピアノの音は「うるさい」とネガティブな反応をするのに対して、それが近所の知り合いの子どもであれば「今日も元気に練習しているな」とポジティブに受け取るように、「親近感」が私たちに及ぼす影響の大きさは計り知れません。



「見たことがある」あるいは「知っている」だけで、脳は無条件でその対象を好意的に受け取る。ある意味、無関心は「嫌われること」よりも恐ろしいことだ。

しかし、気を付けなければならないのは、人間はそこまで単純ではなく、単純接触効果だけで「何かを熱狂的に好きになることはない」ということです。

単純接触効果で効果が見込めるのは、どちらの商品が良いか分からない時などに、なんとなくこの商品を選ぶといった「なんとなく」の違いを生み出すことであり、あくまでも好きになってもらうキッカケ作りにしかなりません。

三越は露出を増やしてキッカケ作りを行なった後、返品・交換保証を始めとした、当時では珍しかったカスタマーサービスを充実させるなど、宣伝で獲得した「キッカケ」を土台にして、そこから顧客と信頼関係を積み上げることによって現代にまで続く繁盛店の地位を築きました。





そうした人間心理を理解しないまま、過度に露出を増やし続けることによって危惧されるのが、好感度の低下です。

YouTubeやソーシャルメディアを始めとしたWebサービスが日常生活に深く浸透している現代において、露出を上げることは、認知度を高める効果が高い一方、過度な広告露出がサービス利用の妨げとなり、無視されるだけでなく、広告出稿ブランドのイメージを下げてしまう危険性もあります。

単純接触効果は人間心理の本質であるため、時間がたっても廃れることはありませんが、私たちを取り巻く環境は常に変化し続けるため、アプローチの仕方は時代ごとに変えていかなければ逆効果になり得るということなのです。

こうした時代背景を考慮せず、単に露出をあげて一方的に企業のメッセージを消費者に押し付けるだけでは、期待した効果は見込まれないのでしょう。



デジタル広告がどんどん増え、サイトを訪れたりアプリを開くたびに、いろんな企業がしつこくアピールしてくる時代だからこそ、アナログな缶バッジの価値が相対的に上がってきている。

そこで重要なのが直接的ではなく、間接的に企業のアピールをするというアプローチです。

例えば、前述の三越が雨の日に屋号入りの傘を顧客に貸し出したのは、屋号入りの傘を使ってもらうことによって、外で使われる傘が間接的に三越の宣伝としての役割を果たすからだというのは言うまでもありません。

こうした江戸時代の三越が行なってきたマーケティング施策は、少し形を変えれば現代にも応用できるはずで、弊社のお客様の中には缶バッジを活用して間接的に露出を高める試みを行う企業様もいらっしゃいます。

例えば、東京・池袋にキャンパスを構える、専門学校デジタルアーツ東京はその一例です。






専門学校デジタルアーツ東京のイラスト学科長、三井田大樹さん。

専門学校デジタルアーツ東京では、高校生向けに体験授業イベントを開催しているのですが、興味深いことに、2回、3回と複数回参加する高校生が少なくありません。その理由は缶バッジに隠されていました。

専門学校デジタルアーツ東京では、同校に在籍する敏腕デザイナーに缶バッジのデザインを依頼し、宣伝ツールとしてだけでなく、ファッションの一部として日常的に使えるデザイン性の高い缶バッジを制作し、体験授業イベントで配布したのだそうです。

専門学校デジタルアーツ東京のイラスト学科長、三井田大樹さんによると、缶バッジをカバンに付けたまま学校に行くと、それを見た友達から「それ何?」と尋ねられ、「デジタルアーツ東京でもらった」と答えると、その友達が興味を持ち、後日、その友達を連れて再び体験授業に訪れるというサイクルが生まれていると言います。





チラシが珍しかった江戸時代において、チラシを使って露出を増やす試みは効果絶大でしたが、時代とともにチラシは陳腐化し、普通の宣伝チラシはすぐに捨てられるようになり、単純接触効果を得ることはできなくなりました。

ひとえに「何度も見れば好きになる」と言っても、時代とともに表現方法やツールを変えていかなければ、単純接触効果を有効活用することはできないということでしょう。

そう言った意味において、デジタルアーツ東京の缶バッジ活用法は時代に即した「新しいチラシ」の形と言っても過言ではないかもしれません。

露出を増やさなければお客様にこちらの存在を気付いてもらえない一方、無闇に露出を増やせば、かえって嫌われてしまう。人の心は非常に複雑ですが、遠すぎず近すぎない、ちょうど良い距離感を見出すために、缶バッジが手助けになれば幸いです。