海外で活躍する日本人のビジネスマンの中には、英語は堪能でも、日本の文化や歴史について尋ねられると、困ってしまう人も多いと言われています。

フランスなどの欧米諸国は、美術館や博物館を当たり前のように授業で使い、伝統食品を味わうまでして自国の文化を学びますが、私たち日本人はテストに向けて座学で歴史を学ぶのが一般的です。

そのため、一時的に知識を得ることができていても、長い目で見ると、歴史や文化を身につけることはできていないのかもしれません。

 

 

しかし、歴史好きな女性を意味する「歴女」が流行語大賞にノミネートした2009年以降、書店に歴史関連の本が多く並ぶなど、学校以外の場で歴史を学び直す取り組みに火がつき始めています。

それに関連して、横浜市の文化材を保存している八聖殿郷土資料館が主催しているのが、歴史的に有名な場所を実際に訪ね歩く「歴史散歩」です。

そこで今回は、八聖殿郷土資料館で館長を務める、相澤竜次さんにお話を伺いました。

 

 

参加者の活動範囲によって宣伝効果が広がる缶バッジ「初めはただの目印でしたけど、今となっては立派な広報戦略の一つです」

行く場所を事前に伝えて、現地集合で始まる歴史散歩。人混みに入った時に、歴史散歩の参加者と一般の方との区別がつくように、目印として配布していたのが缶バッジでした。

相澤さんによると、その缶バッジが思ってもいなかった宣伝効果をもたらし、当初は20人ほどの参加者しかいなかったのが、現在では年間450人の参加者がいるほどの大盛況になったのだそうです。

 

 

「缶バッジを使っていたら思わぬ効果がありまして、男性の方は帽子に、女性の方はバックに缶バッジをつけて散歩に参加してくださることが多いんですけど、彼らはそれを付けたまま外さないで、普段も歩かれているみたいなんです」

「うちに来てくださるお客様は歴史好きな方が多いので、他の団体が主催している歴史散歩に参加したり、ご自身で歴史の勉強会を行なっているような方もいらっしゃるんですよ」

「そこには歴史好きな人が集まってくるので、歴史のデザインの缶バッジをつけて行くと、それがお客さん同士をつなぐ会話のきっかけになるんですね。そこではうちの歴史散歩の話も出ているみたいで、それでおかげさまで、口コミのような形で広がっていきました」

「初めは目印のつもりでしたけど、今となっては立派な広報戦略の一つなんです」

 

 

そのように、缶バッジを身につけたお客さんが、新しいお客さんを連れてきてくれるという形で徐々に大きくなっていった歴史散歩。実は散歩する場所も、お客さんのアイデアから決めているのだそうです。

歴史的に有名な場所ではなく「開発されて、昔の姿が残っていないような場所を歩きたい」というリクエストを受けることも多々あるとのことで、その度に現地に行って休憩所の場所などを検討し、3時間30分の散歩コースを考えるのが相澤さん達の仕事です。

アイデアを出してもらって、それを相澤さんたちが形にするという点で、参加者と主催者が協力して一緒に勉強内容を作り上げていくことが、八聖殿郷土資料館の歴史散歩の特徴と言えるかもしれません。

参加者が企画にも関わっているからこそ、宣伝活動にも積極的に協力してくれるのでしょう。

 

 

歴史講座に参加するために、駅から3kmも離れた高い丘の上に毎月100人以上もの人々が訪れる

相澤さんが活動している横浜市の本牧(ほんもく)という地域には、1982年頃まで米軍の基地や住宅街が広がっており、アメリカの文化の影響を直接受けて、ジャズやダンスが発祥した地として有名です。

その一方で、戦前の本牧が、漁業で盛んな海に囲まれた街だったという歴史は影に隠れてしまっています。

その歴史の移り変わりを伝えているのが、相澤さんが館長を務める八聖殿郷土資料館です。歴史の普及活動として以前から行なっていたこととして、「歴史講座」という座学の勉強会があります。

 

 

 

八聖殿郷土資料館は駅から3kmほど離れた見晴らしの良い丘の上にあるため、これまでは講座の集客が大変でした。しかし相澤さんによると、歴史散歩が人気になるにつれて、講座を受けるために資料館まで足を運んでくれる方も増えていったのだそうです。

「この建物はもともと政治家さんの別荘だったので、勉強会などができるように二階が多目的ホールのような形になっているんです」

 

 

「歴史ブームがあった頃から、うちでも歴史の普及活動をしていきましょうという話になって、この2階の広いスペースを使って始めたのが歴史講座でした」

「『散歩だけじゃなくて、講座もやっているんだよ』って、やっぱり缶バッジがきっかけになってお客さんが宣伝してくれているみたいなんですよね」

「それで、常連様カードっていうメンバーズカードみたいなものを作ったんです。事前に講座内容をメールで知りたい方に登録してもらっているんですけど、この12年間で登録者が6人から500人近くまで増えました」

 

 

月ごとに違うテーマで行われる歴史講座では、散歩で歩く場所を予習する回もあるそうで、人気な講座には100人以上もの方が訪れ、二階のホールが埋まってしまうこともあるのだそうです。

きっと散歩だけではなく、座学で知識を得てから外に出ることで、歴史に対する学びもより深まるのでしょう。

お客さんたちが主体的にアイデアを出し合い、広報にも関わる八聖殿郷土資料館の歴史学習で、缶バッジが重要なツールの一つになっているようです。